バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
「そんなの信じられませんよ。証明できるなら、してみてくださいよ。どうせ、できないんでしょう」

「できるさ」

 私は抱きしめられていた。

 力尽くで、きつく、振りほどくこともできないほど激しく不器用に。

 そう、徹也さんはいつだって真剣だった。

 私はそれを知っていたんだ。

 分かっていたんだ。

 まっすぐな情熱で人を引きつけ、理想に向かってひたむきに突き進む。

 名誉とか財産とか、そんなもののためにみんなが集まってきたんじゃない。

 そんな徹也さんの本当の姿を知っているのは私だけなのに。

 目をそむけていたのは私だったんだ。

 二人の濡れた体がぴったりと密着して、徹也さんからしたたる冷たい雨の滴が私の耳たぶをくすぐる。

「眠り姫は王子様のキスで目覚めるんですよ」

 徹也さんが私の顎に手をかける。

 あたたかな滴が私の目のふちに落ちる。

 私はもう目をそらさない。

「泣いてるんですか?」

「雨に決まってるだろ」

 唇に感じるぬくもり。

 この感触を私は知っていた。

 ベリヒルの五十六階でまどろんでいたときに感じたあの優しさだった。

 あれは夢でも幻でもなかったのだ。

 私は知っていたんだ。

 私の居場所はあのラウンジなんかじゃなくて、徹也さんの腕の中だということを。

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