秋を憂い、青に惑う
「え、二人部屋?」
「はい、生憎本日はご予約で他の部屋が埋まってしまっておりまして…ご用意出来るのは最上級の松の間のみとなっております」
「あ、じゃあ結構です。わたしは松の間に泊まるので犬小屋とかありますか? そこにこの人入れてください」
「お前が入れよ」
「入るわけないでしょ!」
「おれの方が無理だわ!!」
「あのー…」
どうしましょう、と手を合わせて困った風に頬に置く仲居さんを前に、わたしたちは眉間にしわを寄せて顔を見合わせた。
ひとまず昨日からお風呂入ってないしお風呂入りたい、の言葉にそこは二人共意見が一致して、それぞれ支度だけして浴場へと向かった。
古い民宿とあって有名な宿みたいな大きな露天風呂とかでは到底ないものだったけど、予約で埋まっている、という割には人気の少ないお風呂に人はいなくて、貸切状態で。
髪の毛を乾かしてヘアゴムで上にまとめて戻ったら、わたしと和泉が出てる間に支度をしてくれていたのか、あたたかい豪華絢爛な懐石料理が準備されていて。宿の浴衣でよ、って恥ずかしさを紛らわすために手を挙げたら、わたしより遥かに浴衣を着こなした和泉が窓辺で振り向いて「おそい」って仏頂面をした。
その流れで今は、二人向かい合って晩ご飯を頂いている。
「遅い時間なのにこんな料理にありつけるなんて信じられない、和泉と同室になったからご褒美だ」
「どんだけ嫌なんだよお前は」
「わたし今でも怒ってるかんね、ほんと最悪、ごはんうま…」
「感情忙しいんか」
美味しすぎる、って涙目でうるうるしていたら、和泉が懐石料理のメインである蟹を手に取った。