秋を憂い、青に惑う
 

 そのまま手際良くぱき、って殻を割っていく和泉の手元を見てほお、と感嘆してから和泉を見る。


「和泉、蟹剥くの得意?」

「いや得意とかないけど…」

「わたしのも剥いて」

「今お前の分剥いてんの」

「まじ? 愛じゃん」


 やったね、と少し跳ねて待ってたらん、って蟹の実をお皿に取り分けられた。

 わあい、ってそれを頬張ってまたんー! って高い声を上げてしまうのに、和泉は無心で蟹と格闘している。なんか悪いね。わたしも剥いてあげようか。


「お前は触んな」

「なんで」

「実がなくなる」

「はー!? もういいよ! 食べる担当するし!」

「食べる担当」


 なんだそれ、って蟹を剥きながらした和泉の人を小馬鹿にしたような笑い方はすこし(かん)に障ったけど、その後も無心でただただわたしに渡すだけの実を確保してくれていたのを知ってたし、和泉がたぶんわたしのために自分はほとんど蟹にあり付かなかったことをわたしは気付いてしまったから、もう、この時間を黙って抱きしめることにした。


「ねえね和泉、あれやってよ、TV取材のときやってた自己紹介」

「〝ご紹介に預かりました、四代目です。僕は次期和泉酒造の亭主として〟」

「僕っwwwズーwww」

「こっち真面目なんよ」


 笑い方癖すごない? って、もういい加減寝付けって時間に二人お揃いの浴衣で騒ぎ倒してさ。転げ回ってものまね大会なんかして笑った。大笑いしてお腹がよじれるくらい泣いて、のたうち回ったのはひとたび蓋を開ければままならない今日があることによる、その裏返しだった。すこし自棄で笑っていた。でも、この瞬間だけは嘘じゃない。


 だって燃やした青春の切れ端はこれが最初できっと、最期だ。










「言っとくけど変な気起こしたらただじゃおかないから」

 こっからわたしのテリトリーだから、って、衝立を隔てるくらいなら松の間ってこの民宿の最上級の大広間なんだし布団を並べなければいい話なのだけど、襖を跨いで離れる度胸はわたしになくて、秋の薄ら寒さもあったし、人恋寂しさってやつが優って、ようは布団を並べて、わたしと和泉は隣り合わせで寝ようとしている。




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