情熱
それからの日々はあっという間だった。
それぞれの両親に挨拶を済ませて、里穂は退職の手続きをして、貴広は異動の準備を着々と進めた。
ありがたいことに、帰国してフルタイムで働きたくなったときは連絡して欲しい、と言ってもらえた。
また、ロンドンではないがイギリスに住む絵本作家の先生を紹介してもらえることになりそうで、今からわくわくしている。ドイツには父の古くからの友人が住んでおり、早くも遊びにおいでと連絡をもらった。
変化を受け入れてごらんと言った父や、どうにでもなると励ましてくれた先輩の言葉が身にしみる。
いつだって思いがけないことがある。
決して悪いことばかりではなく、予想していなかったことで日常はあふれている。
そのなかには長い将来にプラスになることも間違いなくあるはずなのだ。
里穂と貴広の二人の関係もうまくいっている。友人同士の時間が長かった彼はもっとあっさりした付き合いをするものかと思ったが、決してそんなことはなく、遠慮がいらなくなった関係に大きな愛情を示してくれた。その肌の熱さも、どんな顔をして自分を腕に抱いて眠るのかも、友達のままなら知ることはできなかった。
結婚については入籍だけ日本で先にして、挙式は二人で海外で行って周囲には写真で報告しよう、また時間ができたときに披露宴代わりに親しい人たちを集めて食事会でもすればいいということになった。
障害こそなかったものの、思いのほか時間がなかったのだ。
慌ただしく海外生活の準備に追われていたので、結局、里穂が桃子と会えたのはそれから一度ランチをしたっきりで、宗一郎とは会えないままだった。桃子は大変喜んでくれて、おめでとうを繰り返し言った。時差を気にせずいつでも連絡してほしいとも、長期休暇が取れたら遊びに行きたいとも言ってくれた。桃子との友情は離れていても変わらなさそうで嬉しかった。
しかしロンドンに行く前に四人で集まることはとうとうかなわないまま、貴広は一足先に日本を離れた。
やがて陽は少しずつ長くなってきて、空気は柔らかくなり、温かいにおいが広がっている。暦の上の春だけでなく、季節は変わり始めていた。新しい春が訪れつつあった。