情熱
桃子の結婚式が終わってから彼女に会うことは初めてだった。ずっと新居に遊びに来てと言われていたのだが、九月も半ばに近づいてようやく実現した。
五歳年上という旦那さんは気を利かしてくれたのか、お邪魔したときに挨拶をしただけですぐに出かけていった。
その家は港区にある海の見える立派なマンションの一室だった。新しい家、慎重された家具の匂いがした。
「素敵なおうちね」
モノトーンの配色を取り入れたスタイリッシュなインテリアが印象的だった。
「即決だったわ。ちょうどいいタイミングだったし、どうせならと思って。旦那のローンでね」
そう言って桃子は笑った。旦那さんが買ったとはいえ、家を買うなんてとても大人に思えた。
順調に大人の階段を上ってゆく。そのことを、すごいな、と単純に関心した。
「結婚して、ますます幸せそうね」
よかった、と里穂が笑顔を見せると桃子もにこやかに笑った。
「まあ、一緒に暮らしていると衝突もあるけどね。でもだいたい彼が折れてくれるから。私には彼がちょうどよかったんだと思う。やっぱり、相性というのは、あるわよ」
そう言われて、少し前に自分には昔からの知り合いと結婚した方がいいと言われたことを思い出した。
「里穂は、最近はどうなの?何か変わったことはあった?」
そう言われて、里穂は「特になにも」と笑った。嘘をつくというほどではなかったが、本当のことを言っていないようにも思った。しかし実際に、日常生活が変わるほどのことはなかった。でも、貴広とのことを話す気になれなかったのだ。桃子に相談してしまえば、このまま自分の気持ちがわからないまま話を進めたくなってしまいそうな気がしたから。
でももし、貴広がロンドンに五年も行ってしまうと知ったら、桃子はどう思うだろう。結婚してすでに決まったパートナーがいて、新しい暮らしを始めている彼女にとって、長年親しくしてきた男友達の海外赴任は、どういうものなのだろう。
自分と同じ気持ちではない気がして聞いてみたい気持ちがあったが、自分の口から貴広の転勤を話すのもよくないと思い、そのことも口にはしなかった。
「ところで、宗と会ってる?」
突然の桃子の問いに、里穂はわずかに驚く。
「どうして宗なの?」
里穂が聞くと桃子は言った。
「たいした意味はないのよ。ただね、ほら、私と貴広ってもともと同じサークルで交流があったけど、宗は貴広が連れてきた友達だったでしょ?私は宗と二人で直接やり取りすることってほとんどないから。里穂は連絡とってるのかなって思っただけ。」
桃子の発言に、そう、と呟くように返事をして、注いでもらった紅茶を口に運んだ。
「まあ、宗も彼女とかいるのかもしれないしね。」
最近のこと詳しくわからないけど、と付け足して桃子は笑った。そのとき、宗一郎のマンションで二人きりで食事をしてベッドを借りて寝たいくつもの夜のことを思い出した。いつも自分を迎え入れてくれる宗一郎に特別な存在がいたとしたら、と。
「好きなのかなって思ってた」
突然の桃子の発言に里穂は我に返って、視線を紅茶から桃子に移した。
桃子は心配するように、見守るように、もっと言ってしまえば慈悲深い表情で里穂を見ていた。
「里穂は、宗のこと好きなのかなって、勝手に思ってたの」
困ったように微笑む里穂に桃子は優しく笑った。
里穂は紅茶のカップを丁寧にテーブルに置いて言った。
「大切な友達よ。宗も、貴広も。桃子と同じように。みんなでずっと仲良くしていきたいの」
口にしてみて、小学生みたい、と里穂は自分で思った。紅茶は少しだけぬるくなっていた。