麗しの彼は、妻に恋をする
ビクッと肩をすくめた冬木陶苑の女性社員は、テーブルの上のコーヒーカップを心配した。
上客だからと気を使って仕入れたばかりのカップを出したことを早くも後悔する。

「和葵さんがいないなら、夏目さんは?」

「あ、はい。少々お待ちを」

廊下に出た女性社員は、溜め息をつきながら夏目に電話をかけた。

一時間ほど前に、夏目は和葵と一緒に出掛けた。
行き先は告げず予定は全てキャンセル。わかっているのはそれだけである。

ルルルと呼び出し音が鳴り、夏目は出たが車を運転中なのだろう。
「はい」と出た声の響きが、ハンズフリー通話であることを意味している。

「夏目さん大変です。ジルさんがすごい剣幕で」

『なんだって言っているの?』

「あ、専務。お疲れさまです」

声は和葵に変わった。
スピーカーで話しているらしい。

「専務宛ての郵便物を見せろと、わけのわからないことを」

『郵便物?』

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