麗しの彼は、妻に恋をする
女性社員から雫ジルが来たという電話を受けたのは、和葵と夏目はヘリを降り、ヘリポートから手配していたレンタカーに乗り換えて間もなくのことだった。

「あの離婚届を送ってきたのは、雫の令嬢ということで決定ですね」

間違って送ることといい、柚希の字を間違うところといい、いかにも浅はかな彼女らしい。
呆れるやら、その行動力に驚くやら、「バカな女だ」と思わず吐き捨てた。

「全く。何をどうやって、柚希を脅かしたんだか。可哀そうに」

「柚希さんと、最後に連絡を取ったのは何時ですか?」

「昨日の朝。声に無理があったんだ。元気を装うような、だから気にはなっていたんだよ。考えてみればその前の晩電話に出なかったこともおかしかった。早く寝てしまったと言っていたけれど」

「明日、迎えに行く約束をしていたんですよね?」

「そう」

和葵は時計を見た。

ここから柚希の家まではあと十分。

細い農道を入っていった時だった。

「あ! トラちゃん」

「えっ? トラちゃん?」
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