北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
顔の上に累の影が差すと同時に、顎をつままれ上向かせられる。口唇にかかった指が少し強引で、口が少しひらく。すかさず滑りこんできた舌は、凛乃を撹乱したあと速やかに引いていった。
羞恥を覚えるヒマもなく見送った口元には、とろかすような笑みが浮かんでいたのに、正面を見据えた顔のラインからは、それが見事に削げ落ちていた。
「行きましょうか」
すんっとした態度でエレベーターホールに足先を向けた累を制して、女性が頬を引きつらせる。
「いえ、やっぱり郵送させていただきます」
「そうしてください」
食い気味に応じると、累は凛乃の手を掬い取った。
「行こう」
視界から彼女が見切れるまえに、会釈はした。でもそれが彼女に見えたかはわからない。
どのみち、いい印象を残せることはないと凛乃は察した。
あんな茶番を見れば、あらかたの想像はつく。
歪んでしまった好意と、曲がらない拒絶。
紙一重だったかもしれないと、つないだ手に目線を落とした。
かまわれるのが苦手な猫が、それでもそばにいてくれる理由。
殻に閉じこもっていたころの累をちらりと思い出しながら、凛乃は鳴らない首輪がいまも自分の指にないことの意味を考え始めた。
羞恥を覚えるヒマもなく見送った口元には、とろかすような笑みが浮かんでいたのに、正面を見据えた顔のラインからは、それが見事に削げ落ちていた。
「行きましょうか」
すんっとした態度でエレベーターホールに足先を向けた累を制して、女性が頬を引きつらせる。
「いえ、やっぱり郵送させていただきます」
「そうしてください」
食い気味に応じると、累は凛乃の手を掬い取った。
「行こう」
視界から彼女が見切れるまえに、会釈はした。でもそれが彼女に見えたかはわからない。
どのみち、いい印象を残せることはないと凛乃は察した。
あんな茶番を見れば、あらかたの想像はつく。
歪んでしまった好意と、曲がらない拒絶。
紙一重だったかもしれないと、つないだ手に目線を落とした。
かまわれるのが苦手な猫が、それでもそばにいてくれる理由。
殻に閉じこもっていたころの累をちらりと思い出しながら、凛乃は鳴らない首輪がいまも自分の指にないことの意味を考え始めた。