北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「この時間なら、母子で歌舞伎観てると思う。メイド喫茶には行ったかなぁ、もう」
 言いながら言造は累のビールグラスにまでミネラルウォーターを注ぐ。やっぱり酔っている。
「なるほど、別行動なんですね。てことは累も今夜はお父さんとふたりきりだ」
 累は薄まったビールに目を落として、来るそのイベントにノーコメントを貫いた。
 この家でそんな夜を迎えるのは、祖母が亡くなったとき以来だ。しかもいまでは2階の部屋に泊めるわけにいかないから、和室に布団を並べることになっている。
 かつてはそんなこともあったような、ただ空想しただけだったような、あいまいな懐かしさの予感がこそばゆい。
 言造もその話題には触れないまま、暗くなる前に佐佑が帰路につく。
 小腹が空いてふたりで近所へ蕎麦をすすりに行き、夜道をプラプラと散策しながら帰り、シャワーを浴びたら、もういい時間だ。
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