北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「消すよ」
 あとは照明のヒモを引っぱるだけというときになって、言造はこちらに背を向けて、なにやら自分のバッグを漁っている。
「これ」
 灯りの下に言造が差し出した封筒には、見覚えがあった。
 あるとき一気に10年分、書かれた手紙。だからその10通は、ぜんぶおなじ封筒と便箋だった。これとおなじ透明感のあるオレンジ色、あるいは琥珀色ともよばれる色で。
「まだあったんだ?」
「あれ? 二十歳の手紙に書いてあったろ、次は結婚するときねって。パパに預けておくねって言われてたんだけどな」
 累は首をふった。
「開けてない」
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