北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 言造はそこで放心したように言葉を途切れさせた。
 ちりん。
 どこかで小さく鈴の音がした。
 言造がハッとして気恥ずかしそうに眉を掻く。
 つるにこは、いまだに姿を見せない。
「おれ宛には、もう無いんだよ。だからさ、その手紙、なんて書いてあるか教えてくれよ。結婚生活のアドバイスとか、おれの愚痴、書いてあるかもしれないじゃん」
「それはない」
 それだけは即答した。
「いつも、“ふたりとも大好き”しか書いてなかった」
「そっか」
 言造が、うれしそうに相好を崩す。眩しさを覚えて、累はぎゅっと眉を寄せた。
「お、どこ行く」
「おれの部屋。二十歳の手紙から読む」
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