北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「白百合の着物……」
 背後から小さなつぶやきが聞こえる。
「知ってたんだ?」
 思わず声だけ投げかけると、言造は声を押し殺して答えた。
「成人式の送り迎えしたのおれだぞ。あのころはまだ、先輩後輩で、ひっ、あこがれてた、だけでっ」
 後半はもう嗚咽が混じって、言葉が途切れる。
 ふりむいて確認できないけど、これは相当本気の泣きに入っている。
 言造の様子に気づいたふたりが一瞬驚いたのち、父親のほうはつられて表情が崩れた。凛乃の笑みは、若干いたわるようなものになる。
 着物で歩幅が小さいのと、一歩ずつ進むヴァージンロード作法のせいで、ほんの数メートルがとてつもなく長く待ち遠しい。
 やっと手の届く距離まで来て両者会釈するころには、双方の父親がぐずぐずという妙な具合になっていた。
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