北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「好きな味」
 無意識につぶやくと、凛乃の笑みが増した。
「え、やったー。じつはそれ、わたしが作りましたー」
「へぇ」
 毎日手料理を食べてはいるけど、お菓子というのは初めてだったから、意外さが声に出る。
「ほとんどミョーコさんの言うなりにやっただけなんですけどね」
「ミョーコさん?」
「妙子さんですよ」
「ああ」
 佐佑の奥方だ。やりとりを放任しているうちに、そこまで打ち解けたらしい。
「ほんとは姉御って呼びたいくらいですけど、そう呼んでって言われて。ミョーコさん、安定期っていっても、おなか大きいのに、ふたりとも材料買うところからつきあってくれたんですよ。愛されてますよね」
「そうかな」
 累は最後のブールドネージュを口の中で転がしてから、ゆっくりと噛みしめた。
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