別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
「友人の結婚式であなたが作ったケーキに感動して、ぜひオーダーしたいと思ったんです」

「それは大変光栄です。本当にありがとうございます」

お客様との会話はそんな内容から始まった。低めの甘く落ちついた声と柔らかな笑みが向けられて、恥ずかしさに似た感情が芽生える。岬オーナーが言うように優しい雰囲気のお客様で、それでいて『美しい』という形容詞がとても似合う、そんな男性だ。

歳は岬オーナーと同じくらいだろうか。百八十センチを越える長身で細身のスーツをかっこよく着こなしている。それでいてシャープな顎ラインに二重の切れ長な瞳、鼻筋は高めで口角が上がった薄型の唇。形取るすべてのパーツがパーフェクトと言えるほどに整っていて、思わず目を奪われた。

「どうかされましたか?」

「いえ。すみません。えっと……」

まさかその美しさに見惚れていたなんて、口が裂けても言えない。ひとりの男性として見惚れていたというよりは、美しい『作品』のようなそんな感覚に近い。綺麗なケーキに目を奪われて気持ちが高揚している、そんな感じだ。

「オーダーしたいのは桜をメインとしたフラワーケーキなんですが、お願いできますでしょうか?」

「桜ですか? はい。何度かオーダーいただいたことがある花なので、大丈夫ですよ」

自然と話が逸れたことに安堵しながら、私は棚からスケッチブックを取り出した。
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