五年越しの、君にキス。


「ごめんなさい。他に好きな人ができた」

大学の卒業式が終わったあと。決心が鈍らないように、電話でひとことそう告げた。

私を引き止めようとする伊祥の声から耳を塞いで、そのあとは伊祥からの着信を全部拒否した。

一人暮らしをしていたアパートの部屋は、既に引き払ってあった。

付き合って一周年の記念にもらった薬指の指輪は、封筒に入れてポストに投函したあとだった。

幸いにも、卒業後は実家の手伝いをするとだけ伝えていて、私の家の詳しい事情については伊祥には話していなかった。

卒業後すぐに働き始めた柳家茶園の本店は、大学からも伊祥の住むマンションからも遠かった。


きっともう二度と、私と伊祥の人生とは交わらない。

五年前。そうして私は、伊祥のそばから逃げ出した。


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