呉服屋王子と練り切り姫
 結局、濃い桃色の浴衣を手に取って、ゲーンさんは「コレネ!」と言った。女将さんはニコニコしながら、それを受け取った。

「お連れ様は先にお部屋に行かれましたよ。お二人を、ご案内いたしますね」

 私とゲーンさんの奥さんは女将さんの後に続いた。なぜか本館を出て、色とりどりに染まった木々たちの間を抜け、離れの前にやってくる。

「こちらが、ゲーン様のお部屋になります」
「オーケー。アリガトウネ。モナカチャン、アトデイッショにオフロハイリマショウ!」

 ゲーンさんの奥さんは私にウィンクしながら離れの中に去っていった。

「ゲーン夫妻には専属で若女将をつけております。加倉山様はお二人でよろしいでしょうか……?」
「あはは、私達は大丈夫です……」

 ゲーン夫妻のいる離れから10歩ほどにあるもう一棟の離れの玄関口で、私は女将さんにそう言った。甚八さんは、奥でくつろいでいるのか玄関に下駄を揃えてあるだけで、私達には目もくれない。女将さんは私にこそっと言った。

「加倉山様にはご贔屓にさせていただいているのですが、まさか女性を連れてきてくださるとは思わなかったので正直驚いておりますの。それも、こんなに可愛らしい方を……ふふ。若いお二人の邪魔は致しませんので、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいね」

 そういうと、ニコニコというよりもニヤニヤという笑みを浮かべて、何故か楽しそうに去っていった。この部屋に甚八さんと二人きり……何も起こるはずなんてないのに、なぜかまた胃がキリキリと痛みだす。とても広そうな部屋であることが、唯一の救いだった。
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