あやかしあやなし
『そうであった。わしは今、人の中に入っておるのよな。いや、どうもこの器が自然すぎて、人の中だということを忘れてしまう』

 ぽん、と手を叩き、僧正坊はしげしげと己の胸元に視線を落とす。

『ここまで自然な器も珍しい。だが今わしは鞍馬山から気を飛ばしておるだけだから、出てしまうと実体がなくなって話せなくなるからのぅ』

「僧正坊様は、ひとっ飛びでこっちに来ることはできないの?」

 小丸が意外そうに小首を傾げる。小丸は妖狐の力を使えば化野から都まで、かなりの速さで移動できる。生憎翼はないので、ひとっ飛びとはいかないが。
 鞍馬山から都までは、化野からよりかなり近いし、翼のある烏天狗であれば文字通りひとっ飛びで来られるのではないだろうか。
 だが僧正坊は、忌々しそうに首を振った。

『先の術師の罠が、そこかしこにある。見境なくあらゆるところに仕掛けたようじゃな。術同士が反応しあって変になったり、打ち消されたり。消されてしまえばいいのじゃが、術が合わさって強くなっておったりするからのぅ。変に都の中で妖気を出せぬ故、ここまで来ることもできぬのじゃ』

「あ、なるほど。……ちっ、あいつ、ほんとにろくなやっちゃないね」

 小丸が舌打ちする。

『吉平は、あ奴を鞍馬寺にやると言っておったな。ふむ、ではわしからも鞍馬の僧都に言っておこう。腐った性根を叩き直すにはいい寺じゃて』

 にやりと笑い、僧正坊は章親に向き直った。

『では、世話になったの。都に降りられるようになったら、改めて礼に参る。烏鷺はこの者に頼もう。ここであれば、回復も早かろう』

「あ、あの」

 僧正坊が惟道から出る前に、章親が膝を進めた。
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