【短】今夜、君と夜を待っている。
「ちゃんと話せる?」
「うん」
「高平に何か言われて泣くなら慰めてあげられるけど、ひよりが勝手に泣いた分は私も知らないよ?」
「薄情だ……」
「甘やかしてもしょうがないでしょ」
ぽん、と軽く肩を叩かれてその意味がわからなかったけれど、きっと力を抜くためのものだった。
張っていた肩肘がすとんと落ちて、スクールバッグの持ち手を握り締める。
春乃が教室に戻ってしばらくして、足音がひとつ追ってきて後ろで止まる。
「佐和さん」
「い、和泉くん?」
真横から顔を出したのは高平くんではなく和泉くんだった。
驚いて、まさか春乃が呼ぶ人をまちがえたのかと顔を青くすると、和泉くんは片手を振ってちがうちがうとわたしの勘違いを否定する。
「高平くんは……」
「ああ、待って。そんな顔しないで」
「春乃は?」
「ちょーっとヒートアップしてるっていうか、すぐ呼ぶからもう少し待って」
春乃が高平くんをけしかけようとでもしているのではないかとまた不安になって、待っていられるものかと教室に向かおうとしたわたしの腕を和泉くんが掴む。
「どうどう。佐和さん、ちょっときいてくれる?」
「でも、もう高平くんに嫌な思いさせたくない」
「嫌な思いって……佐和さんとのことで棗が嫌がることなんてひとつもないって」
周りの教室もさわがしいからききとりにくいけれど、耳を澄ませてみたら微かに春乃の声がきこえる。
ぐぐっと力を入れて和泉くんから逃れようと試みるも、わたしの抵抗なんて虚しいくらい意味がない。
和泉くんが何か言いかけるのも遮り続けていると、教室から高平くんが出てきた。
わたしと目が合って、ほんの僅かに顔を顰めた。
確かに視線が交わったのに、高平くんは踵を返して廊下を反対方向に行ってしまう。