【短】今夜、君と夜を待っている。
「待て高平!」
「あーあー、もう、佐和さんが棗追いかけて。上の階の空き教室のどこかだから」
高平くんを追いかけようとする春乃に和泉くんが追いついて、引き止める様子を呆然と見守る。
春乃は和泉くんに引っ張られて教室に連れ戻されていく。
戸惑いながらも教室の前を通って高平くんを追いかるわたしに向けて、窓越しに和泉くんが手を振っていた。
四階はほとんどが空き教室になっていて、完全に立ち入り禁止にはしていないから、生徒のたまり場になっている。
お昼ご飯や休み時間に人が集まる程度の、普通の使い方だけれど、通称のせいか近寄らない人は全く来ない階だ。
わたしもあまり立ち入ったことがなくて、人がいないというだけで寂しい雰囲気に打って変わる。
一部屋一部屋覗き回り、突き当たりの最後の教室に高平くんを見つけた。
閉め切られたドアの前で、やっぱり入ることを躊躇っていると、ふと視線を感じた。
廊下には誰もいない。けれどどこからか視線が、と不意に天井を見上げて、叫び声を上げる。
「っ、佐和」
こちらに背中を向けていた高平くんが振り向いて、内側からドアを開ける。
腰を抜かしかけて、咄嗟に窓枠に手をついたわたしの視線の先を見て、高平くんは呆けた声を出した。
「は?⠀狐?」
「ぺ、ぺぺ、ぺんたさん……!」
天井にいたのは体育館にいたぺんたさんと寸分違わない角度と形の狐で、しかもその目はうっすらと開いている。
体育館のぺんたさんを見たときでさえぞくっとしたのに、開いた目がこっちを見ていたら叫ぶに決まってる。
「狐なのにぺんたっていうのか」
「えっ、高平くん知らないの?」
「七不思議だろ。興味ない」
興味がなくても薄気味悪くてこわい絵なのに、高平くんは平然としていて、いつまでも動けずにいるわたしを教室のなかに引き入れる。