きみが空を泳ぐいつかのその日まで
守るか潰すか
雨足が強くなって随分濡れたけど会いたい人も行きたい場所も、なんにもなくてあてもなく通りをフラフラ歩いていた。

苛立ちでどうにかなりそうな頭を冷やすにはちょうどいいのかもしれない。

ふと何かを。
自分をぶっ壊したいような衝動が魂の奥のもっと奥のほうから込み上げてきて、死神に黒々とした毒を盛られたような気になった。

見慣れたはずの街が激しい雨に煙ってだんだんと輪郭をなくしていき、風景が流されていくような、夜が溶けていくような、世界がただれていくような、言い様のない気分の悪さだけが今の自分のすべてに思えた。

「久住じゃね?」

降りしきる雨の隙間を縫って届いたその声は下品な好奇に満ちていて、ささくれた感情をやけに煽った。

振り返ると狭い路地にあるさびれたゲーセンの裏通路から次々に知ってる顔が出て来て、
目を凝らせば中学のとき対立してたグループのワルばっかだった。

こんな時間に出歩くことがなくなったから出くわさなかっただけで、奴等はいつも通りこの街をウロついて相変わらず暇を持て余してたんだろう。

そう思うとなおさら気分が悪くなったけど、同じくらい気持ちが高揚していくのを感じた。

どうせあいつらは退屈まかせに喧嘩をふっかけてくる。全員ボッコボコにすればこの気持ちも少しはすっきりするかもしれない。

「おまえ生きてたんだ? ちょーひっさびさじゃん」
「ぼっちだし黒髪だしちょー濡れてるし。なんなのそれ」
「人違いじゃね?」

脳ミソ機能してませんって顔がズラズラ並ぶ。

「久住相変わらず腹立つツラしてんな」
「なぁちょっと遊ぼうぜ? どーせ暇なんだろ」

中坊の頃から何も変わらないアホな集団が好き放題ディスってくる。最後の台詞だけやけにひっかかるのは、それが天敵のトキタだったからだ。

生意気なツラもふてぶてしい態度もデカい図体も、昔からなにもかもが気に入らない奴だった。

気付けば切り揃えてるはずの爪が自分の両手のひらに食い込んでた。雨が目に入ってあいつらが黒いかたまりにしか見えない。

まるででっかい害虫だ。
じゃあ適当に叩き潰して構わないってこと?
へぇ、ふーん。それいいね。

「何笑ってんだよ、気持ちわりーんだよ。マジ締めんぞ」
「モブは黙ってろ」

トキタの腰巾着その1に返事する。

「はぁ? どー考えてもてめぇに勝ち目ねーだろ。八つ裂き決定な」
「今のうちいくらでも喚いとけよ。俺今楽しくて仕方ねーから」

拳を握り直せば血が音を立てて流れる感触があって、人を殴るときの感覚を鮮明に思い出した。

肉を破って骨に拳がめり込むときの、素手が吸い込む音や感触、それから痛み。
頭のなかで意識が膨張するみたいな目眩も、ゆがんでく視界も。

どんなに殴っても蹴っても、けして消えたりなんかしない虚しさや苛立ちや悲しみまでも。

そんな嫌なもんを、なんでこんなときに思い出すんだろう。
あの時もこんなふうに暗い雨が降っていたからなのか。

それは子供の頃のこと。
その日は訳もなく心細くなるような雨が朝から降っていた。

保育園に着いても、送り届けてくれた親父が行ってしまう後ろ姿をずっと見ていた。
泣き出したいのにそうしてはいけない苦しい気持ちと、ずっと戦ってた気がする。

いつもお迎えが最後なのは俺かナントカってやつで、その日もどちらかなんだろうと思ってたのに、その日そいつが俺に言ったんだ。

「俺今日お昼寝しないで帰るんだぜ。ママが迎えにくるから」って。

嬉しそうにしつこく自慢するから、カッとなって叩いてしまった。その勢いで後ろに倒れ込んだそいつは頭を壁に打ち付けて血を流した。
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