かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました


「私には話したいことはないから」
「まぁまぁ。とりあえずどっか入って話そうよ。なにも急にとって食ったりしないし。前だって、澪が嫌がるからちゃんと途中でやめたじゃん。俺さ、今までで中途半端にやめたのってあれ一回だけなんだよな」

平気でその話題を持ち出してくる神経を疑いながら「だから?」と冷たく言うと、黒田が口の端を上げる。

「それだけ俺にとって澪は特別だったってこと」
「殴ったくせに」
「それは謝っただろ。それにおまえも殴り返してきたしチャラだ」

女性が男性に組み敷かれて殴られるというのがどれだけ怖いかを、黒田はわかっていない。
でも、たしかにしっかり殴り返した以上、なにも言えなくなっていたとき。

「女殴っておいてその態度ってどうなの?」

横から女性の声が聞こえてきた。
見ると、立ち止まり私たちの方を向いている川田さんの姿があって驚く。

パンツスーツ姿の川田さんは、エナメル生地でできたワインレッドのバッグを肘にかけ、腕を組んで黒田を見ていた。

「女に殴られたところで、男なら最終的に力づくで押さえられるけど、女は違う。力の差に絶望して恐怖心に襲われる。心に負う傷だって違う。例外がないわけじゃないけれど、一般的にはそう。わからない?」

眉を寄せ厳しい眼差しを向けていた川田さんだったけれど、そのうちに表情が変わる。
黒田の顔をじっと見て「あれ……あなた……」と声を漏らした川田さんは、少し首を傾げて尋ねる。

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