かりそめの関係でしたが、独占欲強めな彼の愛妻に指名されました


「ふぅん」と口の端を上げた桐島さんは、完全には私の言い分を信じているわけではなさそうだけど、それ以上はこの件について言及するつもりはないようだった。

お互い無言の時間が数秒続いたところで、桐島さんの後ろをマンションの住人が通り過ぎる。

いつまでも玄関先で会話しているのは、他の住人に迷惑かもしれない。

それに、桐島さんはたぶん、陸に約束をすっぽかされている。
それを考えると、このまま帰すのも気が引けた。

「とりあえず、上がりますか? 陸と約束してたんですよね? 暑いですし、よければ中で待ってください」

直接的ではないにしても桐島さんは先輩にあたる。
ずっと玄関先に立たせたまま会話するのも失礼かと思い言うと、桐島さんは少し考えたあとで「じゃあ、そうさせてもらおうかな」と後ろ手でドアを閉めた。


桐島さんがリビングにいるなんて、まるでCGみたいだなぁと眺める。

桐島さんを巡っての女性行員の戦いは、桐島さんが入行してすぐに始まったらしい。
けれど、周りが認めるような可愛い系もセクシー系も、そのほか、ちょっとさすがに身の程知らずなんじゃ……と思うほど年上の熟女系も。争奪戦に参戦した全員が白旗を上げる結果になった。

つまり、誰にもなびかなかったって事だ。

明確な理由は話さず、『ごめんね』の一点張りで、だからといって彼女がいるとかそういうわけでもないという。

そうなってくると、よほど淡泊で草食のなかの草食なのか。仕事以外興味がないのか。それとも男が好きなのかと推理されるのはもう、ある程度の社員を抱える企業にいる以上仕方ないことなのかもしれない。

困ったことに、下世話な噂好きな人は一定の確率でどこにでもいる。


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