Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~ 【シーズン2】

38.此花さんは学園の平和を守っている【調査報告】


【此花さんは学園の平和を守っている(2/2)】

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 【西中島君の調査レポート③】


 教室での普段の此花さんは、明るく元気なタイプで、特に記憶のない間はそこへ遠慮がちなフワフワとした雰囲気が加わったものだから、クラスの男子は“此花さん(スタンダード)派”と“此花さん(記憶喪失Ver.)派”で真っ二つに分かれたものです。

 僕? 僕はどっちかと言えば、“此花さん(真)”に興味がありますが……

 そんな性格なので、サバサバ系の平野さん、ああ見えて“肉食系小動物”と名高い都島さんとは記憶がなくても戻っても、変わらず仲がいいようです。
(けど……じゃあ、あれは何だったんだろう?)
僕が此花さんのことが気になるきっかけになった、教室で対峙した三人は。


 そもそも三人は、味方同士なのか……?


 あの時の様子では、此花さんと都島さん達は明らかに敵対しているようだった。此花さんが記憶をなくす前から仲良くしているのは僕も知ってますが、クラスが同じになったのは二年からのはずです。
(もしかして、都島さん達は生徒会側の刺客……?)
此花さんを倒すため、友達になったフリをして近づいてきたのいうのか。
(それとも、此花さんの友達を“洗脳”して刺客に仕立て上げた?)
だとすると、何て卑劣なんだ、生徒会!

 旧校舎で何があったか僕の知る由もないですけど、戻ってきた三人とも5時間目は“エネルギーを使い果たした”ような、昼でも抜いたような顔をしていたから、何らかの“戦い”があったことは間違いない。

 けど、それから少しのわだかまりもなく、元の友人として笑い合っているんだから、洗脳説はいい線いってるかもしれません。


 そう考えると此花さんの記憶喪失も、表向きは自転車事故ということになっているけれど、実は敵の組織から洗脳を受けていて……
(な、何だか辻褄が合ってしまったぞ……)

 此花さんの記憶が戻ったということは、生徒会の策謀で封印されていた、此花さんの“真の能力”が再び使えるようになったということでしょう。
(す……すごいぞ、此花さん!)
まるで少年漫画の主人公の、王道的パワーアップじゃないか!


 そう言えば、日本神話に木花之佐久夜毘売(コノハナサクヤビメ)という女神様がいます。

 名前から推測してみると、此花さんは佐久夜毘売の力を継承する血族の末裔なのかもしれません。
(待てよ……佐久夜毘売は天孫降臨に関わる神様だから……)
此花さんは“やんごとなきお血筋”ということに?
(す……すごいぞ、此花さん!)

 だとすると、此花さんが戦ってるのは裏教育委員会ではなく、妖怪や鬼といった“闇の眷属”かもしれない……


 ああ、それで東小橋(オバセ)君なのか!



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 【西中島君の調査レポート④】


 一人称は“拙者”、口調は“ござる”。

 自称“根来忍軍の末裔”であるオバセ君は、クラスの大半から引かれても己のスタイルを貫くソリッドなオタクですが、なぜかこの頃此花さん達と仲がいい。
(強いから自分に自信が持てるのか、自分に自信があるから強いのか……)
ある意味それは彼に当てはまることように思っていましたが……

(もし、本当にオバセ君が“強い”のだとしたら……?)

 オバセ君は、本当に忍者の末裔だとしたら……!


 闇の眷属と戦うのに、これほど頼もしい味方はいません。それに、此花さん達と親しくしているのも説明がつきます。

 此花さんと違い、正体を公言している(誰も本当にはしないからでしょう)オバセ君なら、少しは話を聞かせてくれるかもしれない。

 そこで僕は“此花桜子姫の従者”であるオバセ君に、接触を試みたのです。


「オバセ君、オバセ君」
「ん? 何でござるかな、西の」

 たいていのクラスメートは僕の名前の“南”の部分を取るのですが、オバセ君は自分に“東”が付くからでしょう、僕を“西の”と呼びます。
「ちょっと此花さんのことで、訊きたいことがあるんだけど」
「桜子殿の……何でござろう?」
こうして聞くとオバセ君の口調も、何だか本物らしく(それっぽく)感じます。

 僕は意を決して、単刀直入に質問をぶつけました。ちなみ単刀直入は“短刀”ではなく“単刀”です。僕もテストで間違ったので、気をつけてください。
「此花さんが学園の平和を守っているって、本当なの?」

 僕がそう切り出すと、オバセ君は「ぶふっ」と妙な声を漏らして、ばっと顔を背けました。少し首筋が赤くなり、肩が震えているようです。
(この反応は……)
もはや語らずして肯定しているようなもの……!


 さて、僕を振り返ったオバセ君は、もう平静な顔を取り繕っていました。
「それを訊いて、如何なさるおつもりかな?」
オバセ君にそう問い返されて、
「もし、此花さんやオバセ君が人知れず何か恐ろしい敵と戦っているなら、僕も協力したいんだ」

「僕にできることなんて、たかが知れているかもしれないけど、何かの力になれるかもしれない。それに……僕は、自分の平凡で退屈な学校生活を変えたいんだよ」


 しかしオバセ君は、静かだけど厳しい声で言いました。
「……桜子殿は、クラスメイトを巻き込むようなことは、望まれぬよ」
「でも……!」
言い募る僕に、そっとオバセ君は首を横に振り、
「平凡で退屈な生活、結構ではござらぬか」

「失わねばわからぬことでござる。平凡で退屈、それこそが最も得難く、貴いものであることは」

 僕はぐっと言葉に詰まりました。さすがは修羅の道を往く忍者の末裔……言葉の重みというものが違う。

 オバセ君はふっと寂しく笑うと、また手にした漫画本に目を戻すのでした。


 こうしてオバセ君からは、肝心なことは何も聞けませんでした。ただ、これだけははっきりしました。

 やっぱり此花さんは、何か強大な力から、学園の平和を守っていたのです。



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 【西中島君の調査レポート⑤】


 オバセ君にはああ言われましたが、やっぱり僕には此花さんのことが気になって仕方ありません。

 そこで今日は、放課後帰り道の此花さんを調査してみることにしました。もしかすると、そこで何か事件が起きるかもしれないし。


 都島さんと二人で歩く此花さんに、僕は「自分も家に帰るところですよ」という顔をして、かなり距離を置いてついて行きます。ふと、
(待てよ、クラスの女子の後を尾けるのって、マズくないか?)
そうも思いましたが、好きな子の尾行をすればストーカーだけど、僕の場合は調査だし、実際僕の家もこっちなんだから、
(たまたま帰る方向が一緒なだけだよ)
そう自分を納得させて、僕は調査を続行します。

 此花さんと都島さんは幹線道路を渡ったところで、方向が別らしく別れました。僕はあえて道を渡らず、反対側の歩道から此花さんを注意しています。
(うむ……我ながら的確な判断力)
もしかすると僕には、尾行の才能があるのかもしれません。


 と、その時此花さんが後ろを振り向き、驚いたような様子をして、不意に足早に元来た道を後戻りし始めたではありませんか!
(まさか、本当に敵の襲撃が?!)
僕もギクリとして、既に小走りになっている此花さんの、行く先に目をやると……

 高校生の男子が一人、此花さんの方へと歩いて来てるではないですか!


 彼と、戻って来て走り過ぎた此花さんに驚く都島さんの他に人影はなく、此花さんも明らかに高校生に向かって走っているようです。高校生は背が高く、メガネを掛けていて、遠目にも見るからにキレ者キャラという感じがします。ただ問題は、
(あの人が桜子さんの味方か、はたまた敵なのか……)
ということでしたが……

「りょーにいっ!」

 此花さんは息せき切って高校生に駆け寄り、ここまで届くくらいの本当に嬉しそうな声で、そう叫んだのでした。


 どうやら“りょーにぃ”さんは此花さんの敵側ではないようで、僕はほっと胸を撫で下ろします。ここから見ていても、此花さんはちょっとベタベタしているくらい“りょーにぃ”さんに親しげで、
(もしかして、彼氏……なのかな?)
僕は一瞬そう思いましたが、すぐに、
(あ、此花さんのお兄さんなのか)
幾ら鈍い僕にだって、二人の様子や雰囲気を見れば、恋人同士か兄妹かくらいはわかります。

 なるほど、“りょーにぃ”さんの“にぃ”は“兄”の“にぃ”なんだな。


 都島さんと二言三言言葉を交わし、此花さんとお兄さんが道を曲がって行ったので、僕は焦りつつ信号が変わるのを待って、急いで後を追いました。

 ついに背後からの本格的な尾行の始まりです。そうして見ていると、お兄さんは此花さんととても仲がいいようで、此花さんがふざけ掛かっても平然とし、押しつけられた体操服のナップサックを普通に受け取って持ってあげたりと、とても優しい人のようでした。

(でも、此花さんのお兄さんということは)

 やっぱり“りょーにぃ”さんも生徒会や裏教育委員会(もしくは妖怪や鬼)と戦う能力のある人なんだろうか。それとも、妹の秘密を知らないのか。


 そう思って、僕は二人をじっと観察する……と……あれ……此花さんって……何だか――……


 その時、ふとお兄さんが振り返り、見つめていた僕とバッチリ目が合いました。
「……?」
焦った僕にお兄さんが怪訝そうにすると、此花さんも後ろを向いて、
「あ、西中島君だ」
「知ってる子?」
「うん、同じクラスの西中島君」
お兄さんにそう言いながら、手を差し上げてぶんぶんと振りました。

「おーい! 西中島君もこっちなのー?」

 尾行がバレた……わけではなかったけど、僕は慌てて……


 くるりときびすを返し、だっと逃げ出してしまいました。

「ありゃ?」

此花さんの不思議そうな声。
「ふむ……なあ、桜子よ。あれはもしかして、お前のことが気になってついて来てた、ってやつじゃないか?」
「ほえ?」

 お兄さんの妹をからかうのを背中で聞きつつ、走る僕が思っていたのは――……



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  【西中島君の調査レポート⑥】


 お兄さんといる時の此花さんは……何だか……すごく可愛い……!



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  【西中島君の調査レポート:総評】


 こうして、僕の今回の調査は思わぬ形で失敗に終わりました。

 此花さんの謎には近づくことはできませんでしたが、それでも、幾つかの収穫がないわけではなく……此花さんはやっぱり、僕にとって今クラスで気になっている女の子で、
(まあ、好きとかではないんですけど……)
引き続き、今後も調査を続けていきたいと思います。


 そういうわけで僕、西中島南方はこんな結論で、今回の調査報告を締め括りたいと思います。


 此花さんは確かに何か強大な力から、学園と、この町の平和を守っている。


 それはきっと、”大好きなお兄ちゃん“ために。


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