Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~ 【シーズン2】

41.桜子と“りょうにぃ”のキモチ


【戻った記憶、それから……(3/3)】
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 41.桜子と“りょうにぃ”のキモチ



 口ごもる桜子を見て、サナとチーも何と言っていいかわからない。友達として、桜子の思いを真っ向から否定したくはないが、肯定して良いかと言われれば……


 サナは桜子には目を向けないまま、
「それで、桜子自身はどうしたいんだよ?」
「そりゃいろいろしたい(・・・・・・・)よ」
そう言ってから、桜子はハッとして、顔をぼっと真っ赤にした。

 サナとチーも一緒になって赤面する。
「ア、アホか! そういうこと訊いてんじゃねー!」
「だよね、だよね?! あたし、何言ってるのかなー?!」
「ちなみその“いろいろ”ってどこまでの“いろいろ”よ?」
「アホチカ! マジヤメろ!」

 わーわー言い合って、少し黙り込み、サナがちらっと桜子を見る。
「その分だと、結構ガッツリ目に好きなままなんじゃねーか」
「お……お恥ずかしながら……」
「どーすんだよ……」
「どーすんだって……どーもできないでしょ……」
また、そこで言葉が途切れる。


 と、チーがお弁当箱をベンチに置き、すっくと立ちあがった。
「Go ahead、桜子!」
「ごーあへ?」
「前へ進めってことだよ!」
チーは桜子の正面に立ち、小柄な体に獣の本性でぐいぐい迫る。
「いいじゃん、禁断の恋! 桜子くらいカワイクて、リョータロー(にい)くらいカッコ良かったら、きっと世間も許してくれるよ!」
「いや、許さねーだろ……」
サナのツッコみを物ともせず、チーは桜子に指を突きつけた。

「ヤッちゃえ、桜子!」
「ヤッちゃえ?!」


 スパン、長身のサナのチョップは、座ったままでチーの額に届いた。
「ダメだろ、ヤッちゃったら!」
「いーじゃねーかよー、面倒くせー!」
肉食系小動物は、デコをぐっと押さえられたまま荒ぶった。

「折角一緒の家に住んでんだ、桜子、ユーワクし放題だよ!」
「し放題?! 夢がある!」
「そーだよ! わざと着替え見せるとかあ? お風呂に突撃するとかあ? もー、一気にベッドに潜り込んじゃうとか! お家の中ならどんなアクシデントやハプニングが起きてもおかしくない、いや、むしろ“To LOVEる”起こしちゃえ!」
「“To LOVEる”を!」

 はわわわわ……ダメよ、チー。そんなの、ダメなの……

 それ全部、実行はしてないけど計画したことはあるやつだから……


 サナの右のチョップ(エクスカリバー)がチーをぐぐぐっと押し戻す。
「ア~ホ~チ~カ~……そんなことできるわけねーだろ、桜子に」
(こめん、サナ! ちょっと頑張ったらできそう!)
攻性小動物(プレデター)”チーが渾身の力で押し返す。
「いーや! やればできる子だよ、桜子はあ……!」
(ヤッてデキたら、住民票ややこしくならない?!)

 アホの子になってる桜子に、サナの手を押し切ったチーの眼光がギンッと射抜き、桜子の首筋に質問という名の牙を突き立てた。
「じゃあ、もしリョータロー兄が“その気”になったら、桜子はデキないの?!」
「えうっ?!」


 桜子は身を守るようにばっと両手を上げた。
「え……それは……その……うえええ……?」
某“ユウちゃん”と“ユウちゃんのお兄ちゃん”の漫画が頭に、浮かぶ。桜子はおたおたと両手を振り回した末、指を組んで、その陰に真っ赤な顔を隠すように首を縮めた。

「それは……デ……デキる……ぅ……かも……?」

 それを聞いた途端、サナのチョップからかくんと力が抜け、支えを失ったチーの体が前へつんのめる。チーは慌ててサナの首に抱きつき、膝のお弁当へ倒れ込むのを危うく回避した。
「チュッ……おうわ、アブねえ!」
「ちょっと待て! お前、何で今アタシの頬っぺたにチューをした?!」

 サナが赤くなり、手の甲でごしごしする。
「いやあ、つい///」
「油断も隙もねえな。てか、記憶喪失になったのがチカでなくて良かったよ。ためらいなく弟君の身の危険が危ねえ」
チーには少四になる弟がいる。もしこのお姉ちゃ(Sister)ん” ד弟”( Beast)“だったら、物語はまた違う展開になったかもしれない。


 さて、じゃれ合うのもいい加減、サナとチーは桜子を振り向いた。
「つうか、デキる仰いましたか」
「んああ……///」
「まさに、“Go アヘ”じゃないの……」
湯気を立てて身をすくめる桜子を、サナも、さすがにチーも何とも言えない顔で見つめる。桜子は二人の顔色を窺うように見返して、やがてぽつりと言った。

「でも……たぶん、大丈夫だよ」

 サナとチーは首を振って、反論する。
「いや、大丈夫じゃねーだろ、お前」
「私が言うのも何だけど、桜子ユルユル過ぎてヤバいよ? もはや“桜子ダークネス”だよ?」
「“桜子ダークネス”?!」
しかし桜子は、少し寂しそうに微笑むと……

「だって……お兄ちゃんは、“その気”にならないもん……」
「あ……」


 桜子がそう言うのを聞いて、サナとチーは困ったような顔を見合わせた。



 **********

 “お兄ちゃん”こと“りょーにぃ”こと遼太郎は、高校二年、カッコ良くて大人っぽくて、どんな時でも妹に優しい、桜子の実の兄にして想い人である。


 アメコミを筆頭に漫画とゲームが好きで、少々オタクっぽいのは自他ともに、記憶のなくなる前の桜子も認めていたところ。
 良素材のくせにあまりカッコにはかまわなくて、“初めて会った”頃はかなりモッサリしていた、”残念なイケメン“とは母の弁。

 記憶のない桜子が“改造”と称してちょこっと手を入れた結果、今はちょっとはマシな感じに仕上がっているが……

 記憶のない間、遼太郎はいつだって桜子に寄り添っていてくれた。自分のことを忘れた妹の思わせぶりな態度にドギマギさせられたり、子どもっぽく振る舞うのに閉口させられたりしながら、遼太郎は桜子の傍にいてくれた。

 当然のことだけど。それはずっと”お兄ちゃん“として。


 サナとチーは、それぞれ頬と頭を掻きながら、
「そりゃあ……それもそーだよな……」
「リョータロー兄の方は、桜子のこと妹だってわかってんだもんね。それでその気になるんだったら、私、リョータロー兄のチ●コ引っこ抜きに行かなきゃなんない」
「え、ヤメて?」
チーの発言に、桜子は真顔で言った。それ、一応いつか必要になるかもだから。

 サナが難しい顔をして腕を組んだ。
「うーん、それはそれでひと安心なんだけど、ずっと妹扱いってのもツラいよなー。いや、妹扱いも何も妹だって話なんだけどさ」
好きという気持ちは相手あってのこと。フツウの恋愛なら、どれだけ難しくても、いつか相手が好きになってくれるという望みはある。けれど、桜子の場合は……

 お兄ちゃんは、いつだって桜子を“好き”でいてくれる。ただ、それが妹への“好き”から異性への“好き”に変わる可能性は……でも――……

「それでいいんだ」


「お兄ちゃんがちゃんとしっかり受け止めていてくれるから、あたしは、どんなにお兄ちゃんのことを好きになっても大丈夫なんだよ」
「桜子……」


 チーがサナから身を離し、サナはお弁当を脇に置いた。そして二人は、横と前からがばっと桜子に抱きついた。
「ひゃあっ?!」
「もー、いじらしいこと言うなよー、お前え。愛おしくなるじゃんー」
「頑張れー、桜子―。ダメになっても、私がいるからー」
「お前かよー」
「身も心も慰めてあげるからー」
どさくさまぎれに胸に伸びたチーの手を押し戻し、桜子は笑った。
「ありがとう、二人とも」

「こんなんだけど、記憶の戻ったあたしも、どうぞよろしくね」

 と、そこで桜子はしがみつく二人に向かって、
「まあ、そんなふうに、お兄ちゃんのことが好きなんだけどね……」
声のトーンを変えて言った。

「りょーにぃのことを好きなことが、めっちゃ悔しい自分もいるんです……」


 ポカンと顔を上げたサナとチーそのままに、桜子は立ち上がった。
「なァんであたしが、あのダサくてウザいダメ兄を好きになってんだよー! 記憶のないあたし、アホかー! ヘンタイかー! 旧桜子(あいつ)、とんでもねー置き土産残して消えやがって、クソがああああっ!」
「あわわわわ……」
「誰、“あいつ”って……?」

 両側に友達二人ぶら下げて激昂する桜子に、怯えつつ、目の合ったサナとチーは冷や汗混じりの笑みを交わした。
「でも……“桜子”だわ、これが本当の……」
「だね……おかえり、桜子……」
二人はそう言ったが、怒りに紛れ、君ノ声モ届カナイヨ(千本桜子)。


 桜子と遼太郎の、複雑な思いと関係は、いつか花開くや、散るや?


 キーンコーンカーンコーン……予鈴が鳴った。


「って、あああっ! またお弁当お―!」
「ヤベえ、半分以上残ってるー!」
「とりあえず、かっ込めかっ込めっ!」


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