Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~ 【シーズン2】
【いつかの小さな大事件】

42.思い出して、集まって


【いつかの小さな大事件(1/3)】

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「暑~い……」

 記憶が戻ってからの学校初日の下校。チーと別れた桜子は、呻くように言いながら額の汗をハンカチタオルで押さえた。季節は梅雨入り前というのに、たまに夏の日和になるのが6月の気候というものだ。

(そうだ、りょーにぃの分もアイス買ってこ……)

 コンビニに寄り道した桜子は、今日はクリーム系ではなくシャーベットの口だった。同じアイスの味違いを二つ手に取り
(えへへ……ひと口ずつ交換してもらおー)


 思えばそんなことをしたのも、せいぜい自分が小学校の頃まで。記憶のなくなる前だったら、遼太郎の口をつけたアイスを食べるのも、口をつけたのを食べられるも、考えられないことだったはずだ。
(今ならアイスの実の口移しでも平気だなー)

 暑さでぼやっとなった頭でそう思い、
(……へ、平気じゃねーよ、キモチワルイ! 何でりょーにぃなんかとっ!)
と自分にツッコんでみて、がくりと肩を落とす。く、くそう。独りツンデレは疲れるし不毛だ……


 とりあえず念のためアイスの実も、買った。



 **********

「ただいまー」

 誰もいない家に習慣でそう言って、桜子はまず冷凍庫にアイスを入れ、
(後でお兄ちゃんが帰ってきたら、一緒に食べよー)
階段下にカバンを置いて、洗面所に向かった。
(しっかし、今日暑かったなー。体育もあったし、汗ベトだよ。そろそろデオドラントシート持ってかなきゃな時期だよなー)

 それとローションと制汗スプレー、UVカットもそろそろ買っとかないと。中学生女子の夏支度は、結構いろいろ要り用なのだ。
(汗かいたし、シャワー浴びようかな)
そう思いながら洗面所のドアを開くと、ガチャ×2、なぜか音が2回した。


「へ……?」
「ん……?」


 洗面所のドアを開けた桜子、風呂場から出て来た遼太郎が顔を突き合わせた。桜子はもちろん服を着ているが、遼太郎はもちろん全裸(まっぱ)である。
「きゃああああっ?!」
裸を見られたのは遼太郎であるが、悲鳴を上げたのは桜子で、慌ててドアを閉め、背中で寄り掛かる。

「きゃー、桜子さんのエッチー」
「ごごご、ごめんっ! お兄ちゃんがいるとは知らなくて!」

 いると知って入ったなら問題だ。遼太郎の棒読みセリフに、桜子は慌てふためいて、しどろもどろで弁解するが、
「いや、別にそこまで気にしなくても。兄妹だし、俺男だし」
遼太郎はドアの向こうから平気そうな声で言った。


 平気でないのは、桜子なのだ。
(み……見ちゃった……お兄ちゃんの裸を……///)
部活もしていないインドア派にしては、遼太郎はやせ形で、引き締まった体つきをしている。部屋に幾つか筋トレグッズがあり、何か適当には鍛えているらしい。

 前に記憶がない時に、遼太郎の部屋で“車輪に持つとこ付いた腹筋鍛えるローラー”で遊んで、体勢を持ち堪えられず、床に顔から突っ込んで泣いて頭をナデナデしてもらったことがある。


 桜子は背中をドアに預けて、バクバクしている心臓に両手を重ねた。
(お、お兄ちゃんてば、背も高いし、無駄なお肉なくて腹筋も薄っすら割れてるし、意外と胸板もあるし……)

 病院で転んだ時に、記憶が戻りかけて倒れそうな時に、その度に桜子を受け止めてくれた遼太郎の胸の温もりを思い出し、桜子の顔はますます赤くなる。
(体毛薄いし……)
あれ、あたしもしかして、瞬間記憶能力(カメラアイ)とかあったりする? こうなると、咄嗟に下半身からは目を逸らしたことが悔やまれる……

 桜子の右ストレートが、久しぶりに桜子の右頬を打ち抜いた。
(ぐはっ……これって、どの“桜子”に殴られてるんだろう……?)
もしかして自分の中に、“妹”と“女の子”以外にも、“良心”の桜子がいるのかもしれない。


 と、その時、桜子の記憶の奥から、ある出来事が不意に浮かび上がってきた。


 それを思い出した瞬間、顔に血液が昇り直し、桜子は頭で考えることなく洗面所の扉開け放っていた。遼太郎はタオルで頭を乾かしていたが、幸いトランクス(ぱんつ)は既にはいている。
「りょうにぃがお風呂覗いたー!」
「いや、現状覗いているのは、どー考えてもお前だ」

 妹のあらぬ糾弾に遼太郎はやんわり突っ込んだが、
「今じゃないよ! 前の話だよ!」
桜子は赤い顔で叫び……


 遼太郎は、桜子が何のことを言っているのかに思い至った。



 **********

 それは、桜子が中学に上がってほどない頃のことだった。


 簡単に言えば、今と全く逆の出来事、妹の入浴中に遼太郎が不用意に洗面所に立ち入ってしまい、ちょうど出て来たところに鉢合わせた、という話だ。
 その時はまあ、めっちゃくちゃ怒られたし、しばらく口を利くどころか、目も合わせてくれなかったし、遼太郎もさすがにかなり凹んだものだった。


 桜子が記憶のない時、遼太郎は眠ってしまった妹を、部屋まで運んでやったことがある。自分とはあまり話さなくなった桜子、記憶をなくして昔みたいにお兄ちゃんベッタリになった桜子。ギャップに戸惑いながら、桜子をベッドに下ろした遼太郎が、ふと思い出したのがこの出来事だった。

 思えば、あれがきっかけかもしれない。

 桜子が何となく遼太郎を避けるようになって、いつのまにか兄妹の距離が離れていってしまったのは。
(そう言えば……)
あの事件の時遼太郎は、もの凄く謝ったし、贖罪に桜子の好きなお菓子をしこたま献上したりもしたけれど、結局この件、妹の口から許しをもらえてはいなかった。



 **********

 一方、桜子はあの出来事を思い出したものの、自分がそのことにどんな感情で興奮しているのか、イマイチわからない……というか定まらない。自分の中に、幾つもの意見が同時に湧き上がっている。

 “脳内桜子大会議”の開催である。


 とりあえず今の桜子自身としては、あの時りょーにぃに一糸まとわぬ裸を見られたショックとか、恥ずかしさとか、その後のギクシャクした気持ちを思い出し、改めて怒り直す方向性で検討したい。

 しかし“妹”としての桜子は、
「お兄ちゃんとは一緒に風呂入ってたもん、恥ずかしくないよ!」
と主張する。まあ、小さい頃はそうだよ。そうなんだけど……

 “女の子”モードの桜子は、
「えー、遼太郎さんに裸を見られてたんですか/// 照れますぅ~///」
とか言ってやがる。あー、こいつ、殴りてえ。


 どうしようもない連中に囲まれ、救いを求めて周りを見れば、そこにいたのは、
(う……旧桜子(あたし)……!)
記憶のない時の自分、りょーにぃへの気持ちの源……っ!
「呼ばれて飛び出て桜子ちゃん。やっほー、あたしに御用、現桜子(あたしぃ)?」
ヤベえ、一番厄介な奴が戻ってきた。


 旧桜子はクスっと笑うと、すっと桜子と鼻を突き合わせるよう、顔を近づけた。
「うえ、消えたんじゃなかったのかよ……てか、近いよ、お前……」
「そりゃあそうだよ。あなたとあたしは同じ桜子。これ以上近い二人はないよ」

 そう言いながら旧桜子は桜子の頬に手を当て、反対側の頬と頬を擦り合わせるようにして耳元に囁き掛ける。
「ねえ、桜子(あたし)。整理しよっか? お兄ちゃんに裸を見られたこと、あなたは本当にイヤなのかなあ?」
「そりゃそうだろ……って、お前、何かチーとか、“ドS状態”のりょーにぃとか混ざってないか……?」

 桜子が狼狽すると、旧桜子はクスクス笑った。息が……耳にくすぐったい……
「混ざってるよー。だってあたしは、あなたの心が作り上げたもう一人の自分。あなたの無意識にあるモノ全部から、できているのがあたしなんだよー?」
「か、怪物じゃねーか……」


 桜子がそう言うと、旧桜子は例の指を組むポーズで首を傾げた。
「そうだとしたら、あなたの心の中に怪物がいるってことだよ。でも、それは違う。あたしは誰の心の中にもいるモノ。ただ人と違うのは、記憶喪失があなたとあたしを分断して、別の自分のように感じさせているってことだけ」

「だからこそ、こうやって相談できたりするんだよ。便利だよねー」

 おー、ポジティブだな、旧桜子(こいつ)……って言うか、あたしでもあるのか。


 旧桜子は桜子の体に腕を絡めたまま。顔を向き合わせてきた。
「さあ、桜子(わたしたち)の心をもいちど整理(バラ)してみましょうか――……」


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