溺愛フレグランス


「晴美ちゃん、大丈夫?」

私が寒そうに腕を組んで外から建物の中に入って来た時、聞き慣れた声がした。
その方向へ目をやると、そこには心配そうな顔をした石田さんが立っている。

「何だか気になって晴美ちゃんの様子を見に来たんだ」

私は正面玄関にある壁掛け時計を見て、ハッとしてしまった。
思っていた以上に時間が過ぎている。朔太郎と一言二言言葉を交わしただけなのに。

「すみません…
久しぶりに同級生に会って時間を忘れてました」

石田さんの優しさはたまに重く感じてしまう。
さりげないようで結構ごり押し、でも、周りの人から言わせればそれは私が中々気付いてくれないからみたい。
気付いているけれど気付いていないふりをしている事に、私としては気付いてほしいのだけど。
石田さんと私は並んで廊下を歩いた。
私はちょっとだけ小走りに、そして、それに合わせて石田さんも小走りになる。

「晴美ちゃん、また、映画でも行こうよ」
「うん、そうですね」

何度も交わされるありきたりの会話。
こういうシチュエーションの同じ誘い文句に、もうすっかり私は慣れてしまっている。
私は肩をすくめて微笑むと、もうこんな時間と言って先を急いだ。
石田さんに物足りなさを感じてしまう私を嫌いにならないよう、早くその場を離れたかった。

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