無口な彼の熾烈な想い
「で、三次元ツンツンイケメンとはどうなった?キスぐらいはしたのかな?」

翌日の午前9時。

デジャ・ビュ再び?

そう思えるくらいに、忠実に再現されたかなえの質問と全く同じ内容の兄の問いかけは、鈴の爽やかな朝のひとときをイラつかせるのに十分な程度に軽めのものだった。

「何がキスよ。人を騙し討ちのように誘い出しておいて。お陰で私がどんな目にあったと思ってるのよ」

「どんな目に合ったというのかな?鈴ちゃんは」

「どんな目にって・・・」

兄を責め立てておきながら、鈴は自分で墓穴を掘った模様だ。

考えてみたら不都合なことや厄介ごとには巻き込まれていない、むしろ得ばかりしているような?

戸惑いながらも首をかしげる鈴を、兄夫婦はニヤニヤと生暖かく見守っている。

「そ、そうだよ。商談、商談とやらに私も巻き込まれたの。お陰でせっかくの休日に動物園に行くことになったんだから!」

「動物園デート?可愛らしいわね」

ムキになって言葉を吐き連ねる鈴に対し、嬉しそうに手を叩いて茶化す天然義姉の玖美。

「動物園って・・・鈴にはご褒美以外の何物でもないよね?」

「・・ご褒美って、あんな無口な人と二人きりなんて話が弾むはず・・・」

「なかった?」

なかったか?

と聞かれたら、多少は弾んだし気も遣わなくて楽しかった、とは言いたくない。

ムムム・・・と黙り込む鈴を見て、勝ち誇ったような表情を見せた兄夫婦は本当に食えない奴等だ。

「とにかく、商談ってフクロウカフェのことでしょ?そのことなら、一旦保留になったから勝手に話を進めたりしないでね。絢斗さんが困るから・・・」

「絢斗さんって呼んでるのね?」

「そこまで進展したのか・・・」

たかが名前呼びくらいで大袈裟な・・。

「もういいよ・・・。疲れるから仕事する」

これまで兄夫婦を相手にして勝てたためしはない。

幼い頃こそ両親から受けた仕打ちに心を弱らせて落ち込むことも多かったが、ここ数年は、こうした兄夫婦との何気ないやり取りのお陰で笑って過ごすことが増えた。

ため息をつきつつも、いつもと変わらないやり取りに鈴は兄夫婦から癒されていることを実感し、落ち着いて仕事に取りかかるのだった。
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