無口な彼の熾烈な想い
「綾香さんが言ってたけど、瀬口さんは心に傷を抱えた傷心系のワンコなんだって。誰にも心を開けずにいたのに、動物好きの獣医だけに心を許すなんて感動的な恋物語じゃない？」

うっとりと架空の設定にのめり込む玖美に、千紘は呆れながらも頷いた。

25歳にもなって、ようやくゲームの二次元イケメンに興味を持ち始めたばかりの鈴とは逆に、この千紘の妻である玖美は幼い頃から少女漫画の世界に憧れる脳内お花畑の女性だった。

そんな玖美と付き合い、結婚することになった千紘も、玖美の少女漫画的な妄想ワールド（イベント）にさんざん付き合わされたものだが、彼女に悪意というものは全くなく、ただ純粋ににそういう世界が実在する、と信じている。

そんな彼女の純粋さに呆れながらもどうしようもないくらいに惹かれたから千紘は結婚した。

かなりリアリストな千紘だったが、辛い獣医学部での日々も玖美の純粋さに何度も救われていた。

千紘と玖美の付き合いに巻き込まれる形で、同様にリアリストであった鈴も玖美に翻弄されていくのであったが、鈴は玖美の明るさに次第に感化されていくようになった。

だから、千紘は玖美がどんなにおかしなことを言っても否定はしない。

彼女の明るさと純粋さが、鈴の癒しになることも知っていたから。
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