離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
 その男性は三十分ほど前に来店したお客さんで、注文を受けて私がコーヒーを運んだ。私は店に来ているのは初めて見る人だった。

 店内にもかかわらずキャップを被ったままだったので顔はよく窺えなかったけれど、注文を受けたときにちらりと見えた一重まぶたの鋭い目とぽつぽつ生えた無精髭が印象的だった。

 そもそもうちは、会社員以外は女性のお客さんがほとんどなので、夕方に私服姿の男性がひとりで来店するのは珍しかった。

 でもそれだけで、特段おかしな点はなかったのだけれど。

「接客もしたけど、そのときは視線なんて感じなかったよ」

 私が言うと、麻有ちゃんは柱に手をやったまま勢いよく顔だけこちらを振り返った。

「梅原さんが見ているときは違うところを見ているんですけど、それ以外のときはひたすら目で追ってるんです。おかしくないですか? 知り合いじゃないですよね? 見方がちょっと異常というか、あまりにも食い入るように見つめている感じだったので少し気になって」

 そう言われ、私は改めて男性客に眼差しを送る。
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