離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
「いや、こちらこそいきなり掴んでごめん。でも、少し赤くなってるから早く冷やそう」

 穏やかな顔つきの高城に連れられ、私は宴会場を出た。

 そばにあったエレベーターホールからエレベーターに乗り、高城は迷わず上のフロアのボタンを押した。私は男の斜め一歩うしろから、その横顔を見つめる。

 まるで彫刻のように整った顔は、凛々しく前を向いていた。

 やはり高城だ。

 忘れられるわけがない。私が今日まで何度この男の顔を見てきたことか。この男に近づくため、些細な情報でも見逃さないようにとどれだけ小さな記事でも目を通してきた。

 この男の顔を見ているだけで、荒々しい怒りで心臓が唸り出す。私は男に気づかれないように深呼吸し、目を閉じて逸る心を抑え込んだ。

 落ち着いて。もうさっきのような失敗は許されない。この男が私の正体に気づけば、すべての計画はここで終わりなのだから。

 エレベーターが止まり、ポン、と軽快な音を鳴らす。次にゆっくりと目を開けると、嘘のように気持ちは落ち着いていた。
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