離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
 小さな声だったので、話していた内容まではわからなかったけれど。

 高城は、ホテリエからなにかを受け取った。私が遠ざかるホテリエの背中を目で追いかけていると、男の「手、触れてもいい?」と訊ねてくる声が聞こえてきた。

 いつのまにか私の傍らにしゃがみ込んでいた高城に、今度は私がうなずきながら遠慮がちに手を差し出す。

 その手を取った男はポケットからハンカチを取り出し、「ちょっと冷たいけど」と私の手を取った。

 その言葉と同時に、手首にひやりとした冷たさを受ける。小さく身体を跳ねさせた私に、高城は心苦しそうに「痛む?」と首を傾けた。

「いえ。大丈夫です。ありがとうございます」

 視線を落とすと、私の手には高城のハンカチで包まれた冷たいなにかがあてられている。

 もしかして保冷剤? 先ほどこの男がホテリエに依頼していたのはこれだったんだ。
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