離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
 お客さんとの距離も近く、常連さんと仲良く世間話をしたりして。年齢を重ねていつか父が豆腐を作れなくなったらそのときは父にも店を手伝ってもらい、ふたりで店をやりたいと思っていた。

 しかし、その思いは夢のままで終わってしまった。

 寂しさが風のように私の心を撫でる。

 私は削られた柚子の皮が乗った豆腐の小鉢を見つけ、「いただきます」と手を合わせてから箸を入れて口に運んだ。

 ひんやりとした豆腐が舌に触れた瞬間、私は衝撃を受けて硬直する。

「この味……」

 思わず唇が震える。

 鼻を抜ける豊かな大豆の甘味とコク。このきめ細かい滑らかな舌触りには覚えがあった。

 そんなはずはない。そう思うのに、十五歳まで数え切れないくらい口にした私の感覚が確信を持って全身に訴えかけている。
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