夢みたもの
「あ・・・」


この時になってやっと、あたしは、彼に触れられても怖がっていない自分に気付いた。

彼に手を置かれた肩を見つめながら、もう片方の肩を手でさする。



怖くない。


今朝も、彼に触れられた時、凄く驚いた。

もしかしたら、余りにも頭が混乱して、怖いと感じる暇が無かったのかもしれないと思っていたけれど。



違う。


あたしは、彼が怖くない。


どうして?



手をまじまじと見つめながら、湧き上がった疑問に自問自答を繰り返す。



その時。

突然聞こえてきたピアノの音に、あたしはハッとして顔を上げた。



あの日聞いた、あの曲。

優しく流れるような旋律。

それでいて、力強い。

簡単なようで、難しい技巧。


どこかで聞いた事がある、懐かしい曲。



どうして聞いた事があるのか、どうして自分が知っているのか知りたかった。

あの時、誰が弾いているのか知りたくて、誘われるように音楽室に来た。


その答えは、今ここにある。


あたしの目の前には、ゆったりと流れるように、曲に乗せて体を動かす彼の姿があった。


< 122 / 633 >

この作品をシェア

pagetop