夢みたもの
「じゃぁ‥あたし部屋に行くね」


その場に居る事が耐えられなくて、あたしは母にそう告げた。


「あら ご飯は?」


「あ‥お腹一杯で‥、‥ごめんなさい」

「いいのよ。‥航平君との勉強、頑張ってね」


笑顔で送り出す母に、あたしは曖昧に笑い返してリビングを後にした。



優しい航平‥‥

あんな事があったのに、それでもあたしを気遣って助けてくれた。


『その優しさは残酷だね‥』


航平はそう言っていたけれど‥‥

本当に優しいのは、あたしじゃなくて航平だ。



部屋に入ると、あたしは真っ先に出窓に向かった。

いつものように、航平が出窓に腰掛けて、「おかえり」とあたしに笑いかけてくれる気がした。



‥‥でも‥

窓の外に見えたのは、真っ暗な部屋。

あたしとの接触を避けるように、カーテンもしっかり閉じられている。


自業自得なのに‥、突き付けられた事実に、胸がズキズキと痛み始める。

一緒に居る事が当たり前過ぎて‥‥

航平を失う事がこんなに辛い事だなんて知らなかった。



「‥‥!?」


出窓に置いた手の甲に、突然、涙が一滴零れ落ちた。


涙は、後から後から頬を伝って落ちていく。

あたしはその場に崩れるように座り込むと、声を出さずに泣いた。


どうしてこんなに涙が出るのか分からない。

‥‥でも‥

今更ながら‥失ったものの大きさに気付く。


あたしにとって航平は、かけがえのない大切な人。


離れたくない。

放したくない。



‥‥でも‥


その夜以降。

あたしの願いは届かず‥‥、航平の部屋のカーテンが開かれる事は無かった。



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