夢みたもの
「ごめん‥‥大丈夫」

「でも‥」

「あの時の事は、今でも鮮明に覚えてて‥、時々苦しくなるんだ。でも、大丈夫だから」

「‥‥」


あたしに笑いかけたユーリは、そのまま視線を伏せて口を開いた。



「あの時‥‥僕の制止の言葉に、杏奈は一度、足を止めて僕を見たんだ。そして‥‥『ごめんね』そう唇を動かして道路に飛び出した」

「‥‥」

「追いかけたのに、あと少しで杏奈に手が届きそうだったのに‥‥杏奈は、僕の目の前で事故に遭って死んだ」

「‥‥」

「後日、杏奈の書き置きを見付けたんだ。‥‥僕の才能を潰してしまう訳にはいかない。自分は僕の邪魔になる‥‥これからは、我慢しないでピアノを弾いて、その才能を伸ばして欲しい‥‥って」


ユーリは深く長いため息を吐く。

そして、右の手のひらをじっと見つめた。


「今でも思うんだ」

「‥え?」

「もしかしたらあの時‥‥、僕のこの手は、杏奈を捕まえる事が出来たんじゃないか‥って」

「‥‥」

「あと一歩‥あと半歩早くて、あと数センチ腕を伸ばしていたら‥‥杏奈を失わずに済んだかもしれない。でも‥でも‥‥もしかしたら僕は、あの時、それを躊躇したんじゃないだろうか‥‥」

「ユーリ‥?」

「僕の生活を狂わせていた杏奈を、心の中で無意識に邪魔に思っていて‥‥あの時、本当は助けられたのに、この手を伸ばさなかったんじゃないか‥‥って、そう‥‥」

「そんな事ない」

「分からないよ。僕がそう考えてなかった‥って、誰が証明してくれるの?僕しか分からない‥‥だから、僕は自分を戒める為に声を‥」

「止めて、ユーリ!!そんな事ない‥‥そんな事ないよっ!!」


思わず声を上げた。

体が勝手に動く。

そしてあたしは、気付けばユーリを抱きしめていた。




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