あなたに呪いを差し上げましょう
「私はね。あの夜会から、夜が好きになったんだ」


一般には触れるのもはばかられるような、おぞましい色をした髪を一束、大事にすくって。


月の化身のようなうつくしいひとが、やさしく笑った。


「あなたの髪は、夜の色だね。一緒に見上げた星空を思い出す」


ぐっと深く口内を噛んだ。泣きそうな顔はおそらく隠せていない。


今日も月のきれいなよい夜だ、なんて。それは。まるで、好きな色だと言っているようなものではないかしら。


考える間もなくさらりと続けられる。


「あなたに会ってから、夜も眠れるようになった。あなたのことばかりを考えていた。あなたと共にありたいと思った」

「で、」


んか、と続くはずだった二文字は、唇を押さえた人差し指にとめられる。


「殿下と呼ばないでほしいと、言ったでしょう?」


はい、と背の高い男を見上げた。相変わらず夢のようにうつくしい男だった。


「ルークさま」

「うん。なんだろう」

「御手に触れることを、お許しいただけますか」

「もちろん構わないけれど、アンジェリカ、なにを……」


剣だこにまみれた大きな手を、そっと両手で押し戴く。ゆっくり口を開いた。


「呪いを差し上げましょう」


あなたさまがお望みなら、いくらでも。


見開いた瞳と目が合った。


呪いをかけよう。


ほんとうはこのやさしいひとに、呪いを渡したかったわけではないけれど。わたくしのせいで、あなたさまを刃こぼれさせるわけにはいかないけれど。


でも、刺繍の他にわたくしにできることは、これくらいしかないから。


「いくさのわからぬ者が勝手を申します。殿下。どうぞ、この国をお守りくださいませ」


呪いを。


「平和をお守りくださいませ」


呪いを。言霊を。


あなたが望むなら、永遠の呪いをかけよう。何度でも、何度でも、あなたが生きられるように。


わたくしはただ、苦しそうに笑うその顔が、見たくないだけだった。
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