獣人皇帝は男装令嬢を溺愛する ただの従者のはずですが!
 中に向かってひと声掛けるが、ヴィヴィアンから返事はない。奥の方からバシャバシャと湯を流す音が響いており、彼の耳に俺の声は届いていないようだった。
 皇帝という地位にあり、今でこそ湯殿を誰かと分け合うことはないが、かつて諸国を巡っていた時分は、旅一座や商隊の男所帯に身を置き芋を洗うように湯を使っていた。だからヴィヴィアンのシャワー中に踏み入ることにも、特段の躊躇はなかった。
 ……早く渡してやらんと出てきてしまうな。
 シャワー室に鍵はなく、俺は扉を引き開けると逸る思いで奥へ進む。公園に隣接する役所の宿直者も使用するシャワー室は存外広く、扉から奥に向かって四個のシャワーヘッドが並んでいた。
 ヴィヴィアンは一番奥のシャワーを使っていた。
 シャワーの水流を受けて霞む人型のシルエットを視界に捉え、その名を呼ぼうと口を開く。
 ほぼ同時、屈んで石鹸を取り上げたヴィヴィアンが、立ち上がる際に僅かにこちらに向きを変える。それにより俺の位置からちょうど彼の横姿が見えるようになる。
 その瞬間、俺はカッと目を見開いて固まった。
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