俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい


全ての買い出しを終えてお店に戻った時には、更にお客さんの列が長くなっていた。
私は慌てて裏口から厨房へはいる。

全力で駆け回ったので、両手いっぱいに食料調達が完了するまで三十分でやってのけた。

どさりとステンレスのキッチンに置くと、板前姿の父がすかさずそれを広げ出す。

「おう、あやめ。 さすが俺の娘、この量を三十分か。 んじゃ、とっとと手洗ってこっち手伝え」

目も合わせず私に調理用のエプロンを投げ渡すと、慌ただしくたまごを割り出した。

そんなこったろうとは思っていた。
従業員は他にもいるけれど、厨房は広いし人が多いに越したことはない。
私は返事をしながら手を洗いだした。


五分で身支度を終え厨房に立つとまずお皿洗い。
これは婚約前よりなかなか手際が良くなった。
なんていったって、毎日やっていることだもの。

お皿を洗いながら、隣でだし巻き玉子を巻く母に聞く。

「今日、おばあちゃんいる?」

「いないわ。 今朝からお友達と日帰り旅行よ。 帰りは…九時くらいかしらね」

焼きあがっただし巻きに包丁を入れ、さっとお皿に盛り付けながら母は言う。

なんてこと。おばあちゃんに会いに来たのに、彼女は老後をエンジョイ中とは。
ま、おばあちゃんが楽しいならいいのだけど。

「そう…。 ねえお母さん。 今日、泊まってっていい?」

ぽろっと口に出していた。
言ってしまってから一瞬迷ったけど、撤回はしなかった。

「なに、蒼泉さんと喧嘩でもしたの? 別にいいわよ。 あんたの部屋はそのままだし」

喧嘩…なのかな。
私が一方的に怒っているだけなんだけど。
その辺も含めて今夜話を聞いてもらおう。
母は忙しいからか面倒だからか、問いかけに私が答えなくても何も言わなかった。




結局それから、私は閉店の午後八時まで厨房を闊歩していた。
お昼時の一番忙しい時間を過ぎてからは、店員さんや父の跡を継ぐ板前さんとのんびり話をしながら手伝っているとすぐに晩御飯時になり、それもまたあっという間に時間が過ぎていった。

暖簾を片して、後片付けも終えて時刻は九時。
母の言う通り祖母が帰宅した。
私の姿に驚きつつも、嬉しそうにニコニコ笑いながらお土産を渡してくれて、祖母が一言。

「蒼泉さんに連絡はしたの?」

あっ!と声をあげ、ポケットからスマホを取り出す。
まずい、蒼泉からの不在着信が五十件。
メールが三十件だ。

忙しさに蒼泉のことを忘れていた。
我ながらなんて薄情なんだと落ち込んでからメールで返信する。

まず心配をかけてしまったことを丁重に謝り、それから実家にいること、今夜はこっちに泊まることを伝えた。

電話の方が彼を安心させられるだろうが、おかげでぶつかっていた問題が舞い戻ってきたのでやめておいた。
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