俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい
今日ここに帰ってきた理由を思い出す。
新聞を読む父と、お茶を飲む母、お笑い番組を見る祖母を見回して、勝手に話出そうと口を開きかけた時。ふいに、母が私を見つめて衝撃の一言を放った。
「お母さんとお父さんね、結婚するとき駆け落ちしたのよ。 ね、あなた」
「…ぇ……ええ!?」
びっくりすぎる初耳の話に開いた口が塞がらない。
まさか、両親が駆け落ち者だったなんて。
「といっても、一年で解決したんだけどね。 ほら、その証拠に、そこにあなたのおばあちゃんが居る。 今は仲良く同居してるでしょう。 ねー、お義母さん」
同意を求められた祖母は、テレビから目を離さずうんうんと頷く。
「あやめみたいに、愛のない結婚じゃなかった。孝蔵さんと大恋愛して、あなたを身ごもったの。孝蔵さん、すぐに結婚しようと言ってくれたのよ」
母が父を見ると、ほんのり顔を赤くしている。
「けどね、私は一般庶民、孝蔵さんは歴史ある和食店の後継者。 お義父さんに結婚を猛反対されて、私たち、駆け落ちしちゃったのよね〜」
懐かしむような瞳からは、その当時のことを鮮明に覚えているのが伝わる。
両親の仲がいいのはよく分かっていたが、駆け落ちするほど惚れ込んだ同士だったなんて。
「私の両親はすでに亡くなっていたし、行く宛てがなくて困ったけど、孝蔵さんが仕事と住処を一生懸命探してくれたわ。 その甲斐あって、小さな町工場に住み込みで働かせてもらえることになってね」
私は夢中で聞き入っていた。
父と母の結婚秘話を。
「あやめが産まれて、私たち、もう一度お義父さんたちに会いに行こうと決めた。 孫の顔見たら、結婚も許してくれるかな〜なんて思いながらね。 思惑通り、あやめにメロメロになったお義父さんは、あっさり結婚を認めてくれたわ」
いつの間にか、父は新聞を畳んで涙ぐんでいる。
祖母は、「そのくせに、すーぐあの世へ逝ってしまったけどねぇ」と微笑む。
私は会ったことのない、祖父の姿を思い出しているのだろうか。
「これだけのことがあったのに、孝蔵さんと喧嘩ばかりだった。 今でこそこんなに丸くなったけど、昔は凝り固まった仏頂面の頑固親父だったんだから」
私には、今の父も十分凝り固まって見えるけれど、母にしか分からない父がいるということだろうか。
母は私を真っ直ぐ見つめる。
「どんな形であろうと、夫婦に喧嘩はつきもの。あんたの場合、マリッジブルーってやつよ。そんなに深く気にすることないわ」
ぽんと私の肩に手を置くと、母はお茶を啜る。
「ま、あやめが百パーセント悪いなら謝らなきゃだけど、お互い様って思うところがあるのなら、謝罪も大事だけど、きちんと話し合うことが大事よ。 無闇矢鱈に謝ってばかりだと、亭主に舐められて後々大変だからねー」
母にじとっとした目を向けられて、父は肩を竦めて「その節は、すみませんでした…」と小さくなっている。
この二人には、まだまだ私の知らない素敵な話があるのだろう。
私は初めて、両親に憧れた。
大きな壁を乗り越えて、ひとつになる。
今の私たちの前にある壁。
それはきっときちんと話し合うことで壊せる。
今この壁を二人で壊しておかないと、これから先もっと大きな壁が立ちはだかった時にどうしようもなくなってしまう。
彼との間にある壁の壊し方を、知っておかなければならない。
「ありがとう、お母さん」
私が素直な気持ちを言ったせいか、少し照れくさそうに「私は惚気けただけよ」と肩を竦めた。
父と祖母が揃って立ち上がり、和室へ布団を敷きに行く背を見送りながら、心に決めた。