金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
『好きじゃないなら、無理しなくていいよ』

 三回目の行為の後で夫はそう言った。芳乃の経験はこの三回だけだったのだ。好きも嫌いもあるはずがない。だけど……。

『そんなんだと、こっちもつまんないしさ』

 つまらない。そう言われてしまっては、もうなにも言い返せなかった。自分がつまらない女であることは、誰よりも知っているから。
 
 それ以降、夫は芳乃に指一本触れなくなった。レスのまま、子供もいないまま、十年近い時がただ過ぎていった。凪のような日々が死ぬまで続いていくのだと、そう思っていたのに。

 ひと回り以上も年下の若い男と抱き合う日がおとずれるなんて、思ってもみなかった。

「あぁ、んんっ」
「芳乃さん、いい声。ゾクゾクする」

 霧斗がぺろりと上唇をなめた。その表情がやけに艶かしくて、芳乃は思わず視線をそらす。 
 霧斗が動くたびに、芳乃の身体も大きく波打つ。彼の熱が全身を巡っていく。

 物腰の柔らかい、どちらかといえば中性的な彼がこんなにも【男】になるのかと、新鮮な驚きをもって芳乃は彼を見つめた。
 彼の手によって、自分は【女】を取り戻すことができた。まだ、ちゃんと【女】だった。

 凪のような日々に波を起こしてくれたのは、間違いなく彼だった。この波は大きな津波となるかもしれない。だけど……それで構わないと思った。

 芳乃は彼の背中をぎゅっと強く抱きしめる。それに応えるように、彼は深く、激しく芳乃を攻めたてた。

 津波のあとに残るものはあるだろうか。きっと、なにも残らない。芳乃のすべてを跡形もなく消し去ることだろう。







 





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