契約夫婦のはずが、極上の新婚初夜を教えられました
「いいのか? 斎藤が戻ってくるかもしれないぞ」
 
 顔を埋めたまま話すから、声がくぐもって聞こえて弱々しい。こんな大吾さんは初めてで、愛おしいと感じてしまう。

「ですね。だったら、大吾さんから離してください。それまでは、このままでいます」
 
 まるで子供をあやすように、背中をポンポンと軽く擦る。これは大人にも癒しの効果があると、どこかで聞いたことがある。

 少しでも大吾さんの心が癒されるように……。
 
 そう思いながら何度も擦っていると、大吾さんの身体が小刻みに震えだす。フフッと笑い声が漏れ、私の右耳に響いた。

「大吾さん?」
 
 なにが起こったのかと彼の名前を呼ぶと、大吾さんは抱きしめていた腕を緩め身体を少し離す。

「やっぱり八重がいい。絶対に手放したくない」
 
 優し気なのにその瞳の奥はどこか真剣で。真っすぐな目に見つめられて、胸がドクンと大きな音を立てる。
 
 大吾さんの言ったことがたとえ本心じゃないとしても、両親から結婚を迫られて仕方なくしようとしている偽装結婚だとしても、そんなことどっちでもいい。

 ただ目の前にいる大吾さんの口から放たれた、その言葉だけでもう十分。



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