契約夫婦のはずが、極上の新婚初夜を教えられました
 結局、ここに戻ってきてしまった……。

 今の私には、ここしか帰る場所がない。タワーマンションを見上げると、目尻から涙が流れだす。と同時にいきなり雨が降り出して、私の涙をかき消した。

「傘なんか持ってないのに……」
 
 梅雨時期だと言うのに、折りたたみ傘も持っていなかったことにクスッと苦笑が漏れる。ずぶ濡れになるのは、今の私にはちょうどいい。
 
 この雨が、なにもかも洗い流してくれたらいいのに……。
 
 悲しみに暮れ、その場にしゃがみ込もうとしたそのとき。

「八重!」
 
 雨の中、私の名前を叫ぶ男性の声が聞こえる。誰なの?と振り向きざまに、強く抱きしめられた。

「八重……」
 
 今度は柔らかく安堵するような声で呼ばれ、誰なのか気づきイケないとわかっていて彼に身を寄せた。
 
 大吾さんだ──。

「帰りは明日じゃなかったんですか?」
 
 京都からの帰りは明日だと聞いていた。それなのに一日早く帰ってきたということは……。
 
 このあと告げられるであろう真実を想像して、悲しみで身体が震える。

「このままでは風邪をひく。とにかく部屋に行こう」
 
 私の肩を抱いた大吾さんが、私を労わるようにゆっくりと歩き出す。今更逃げも隠れもできない私は、まるで操り人形のように力なくだらりと俯き、彼に支えられながらマンションへと向かった。




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