河童
餅がふくれて、ほどよく焼き色がつくと、河童に醤油と箸を渡した。
私はお(ひつ)にこびりついていた麦飯をかき集め、ぬるい湯を差す。
箸も一膳しかないので、木の匙で湯漬けをすする。

「お餅は食べないのですか?」

「朝餉も昼餉も今済みましたから、お好きなだけどうぞ」

焼き目のついた餅を醤油につけて、河童はそれを口に運んだ。
相当熱かったらしく、驚いて一度口から離し、ふうふう息を吹き掛けてから、今度こそ食べた。

「おいしい」

至福の笑顔で、餅を頬張りつづける。
そうしていると、まるで少女だった。

ゆっくり三切れほど食べると腹がくちくなったようで、箸を置いて冷めた茶を飲む。

「ご馳走さまでした」

皿や箸を下げようとすると、

「わたし、洗います!」

殊勝にも、手伝いを申し出てきた。

「お気持ちだけいただいておきます」

「いえ、ぜひやらせてください。教わっておりますので、ちゃんとできます」

「餅は水でふやかさないと取れませんから、すぐには洗いません。今は浸けておくだけなので大丈夫ですよ」

しょんぼりと座り直した河童を後目に、私は食器を水につけ、火鉢の上に鉄瓶をもどした。
そこまでしてしまうと、これといってすることもない。
黙って座りつづける河童を残して散歩に出るわけにいかないし、そもそもこの寒さでは外に出たくない。
自ずと煙草の本数が増える。

「お煙草の銘柄、変えたんですね」

卓子の上の箱を目線で示してそう言う。

「『河童だ』というから家に上げたんですよ」

「ずっと河童でいたら、ずっと置いてくださるわけでもないのでしょう?」

湯飲みをさすり、寂しげな笑顔で言った。

秀晴(ひではる)さまはおやさしいから、拒絶はされないと思いましたけど、許してくださっていないでしょうから」

「許すも許さないもありません。あれは仕方のないことだったんです」

「でも、三年前、秀晴さまのお父さまが父に援助を求めていらしたとき、手を差し伸べていたら、仁科商店は倒産せずに済んだかもしれないのに」

「立花屋も火の車だったからでしょう。このご時世、楽な会社はありません」

私は新聞の山から、数日前のものを取り出し、紙面を広げた。
『立花屋、整理。銀行は糧量停止』

「あのとき多少の援助をいただいて、一時持ち直したとしても、より負債を増やしただけでした。私はこれでよかったと思っています」

ご維新後、曾祖父は小麦や樟脳の輸入で財産を築き、祖父が会社を大きくした。
しかし、時代を読む力に乏しかったのか、商売は少しずつ右肩下がりに悪くなっていった。
より力のある会社と婚姻によって結びつきを強めたところで焼石に水。
目の前に座っている、立花薔子(たちばなしょうこ)さんも、その被害者のひとりだった。
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