純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
ふいに睡の頭に浮かんだのは、遊女が同時に複数の客をつける〝廻し〟という制度。重なってしまった客には待っていてくれと頼んで、もう一方の相手のもとへ向かう。
花魁はひと晩でひとりの相手をするため、玉響が客を待たせることはなかったが、階級が下の遊女はこういう駆け引きも行っていた。
今の状況もそれと若干似ていると感じ、睡はなんとか穏便にこの場を切り抜けるために花魁の作法を実践する。
「あとで必ず旦那様のもとへ帰りますから、私を信じて待っていてくださいな。そうしたら、なんでも言うことを聞きます」
時雨を見上げ、色香の漂う笑みで甘い言葉を紡いだ。彼が怯んだ隙に、「ごめんなんし!」となぜか廓言葉を残して大門へと駆け出す。
「おい、睡……!」
「社長、商談のお時間が」
時雨が手を伸ばそうとした瞬間、見兼ねて車を降りてきた運転手に声をかけられ、小さく舌打ちをする。確かにもう時間の余裕はない。
睡はあっという間に花街の中へ吸い込まれてしまい、時雨は酷くもどかしい気持ちを抱いたまま仕方なく車へと乗り込んだ。