純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

 ふたりは目を見開き、兼聡がすぐに驚きの声を上げる。


「火事!?」
「遊女が逃げるために火をつけたんじゃないかって話よ。江戸時代にはよくあったみたいだけど、今また起こるとはねぇ。兼聡さん、知らなかったの?」
「俺、今日は早く上がったんで……」


 動揺する兼聡の隣で、時雨は酷く胸騒ぎを覚えた。今日、睡は吉原に行くとは言っていなかったが、妙に嫌な予感がする。


「江森さん、すみませんが電話を貸していただけますか?」
「電話? ええ、いいけど」


 有美は不思議そうにきょとんとしながらも承諾した。時雨はすぐさま店内に入り、カウンターの奥の壁にかけられた電話機の受話器を取る。

 ダイヤルを回して自宅にかけると、しばらくして菊子の穏やかな声が聞こえてきた。「時雨だ」と短く名乗り、焦燥感を抱いて問いかける。


「菊子さん、睡は?」
『睡様は午後になって出かけてから、まだお戻りになりませんよ』


 時刻は五時半を過ぎている。睡が休日にひとりで長時間外出することは滅多にないため、不安が募る。
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