純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
「どこへ行くか言っていたか?」
『ええ、花屋へ行くとだけ……。それにしては遅いですし、他の用事ができたんでしょうかねぇ』
「花屋……」
生け花をするために花を買ったならすぐに戻ってくるはずだし、菊子の言う通りなにか別の用があったのだろう。やはりまた友人に会いに吉原へ行ったのではないかという推測が膨らむ。
もしそうなら、火事に巻き込まれた可能性も否定できない。いてもたってもいられず、時雨は電話を切ってヱモリを飛び出す。
「あっ、九重さん!?」
有美と兼聡の困惑した声を背に、夕闇が迫る街を駆け出した。
心配のしすぎならそれでいい。以前、玉紀に心配性だと言われたし、時雨自身も最近は特に過保護になったと自覚しているが、なにかあってからでは遅いのだ。二度と後悔しないために、時雨は走る。
運よくバスに乗ることができたものの、吉原に近づくにつれ騒然とした様子が見えてくる。バスから降りて大門に向かうと、人々の喧騒とわずかな異臭が待ち受けていた。
炎は見えないが、まだ煙は残っているのがわかる。場所は藤浪楼があるほうで、不安がますます駆り立てられる。