純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
行き交う人々の顔を確かめながら、藤浪楼を目指す。だんだんと焦げ臭さが強くなり、焼け落ちた廓の無残な情景が視界に入ってくる。
何台もの消防車や医者の姿もあり、至るところで怪我人の処置をしている異様な現場となっていた。
「睡!? 睡!」
周りを見回しながら名前を呼んでいたとき、どこからか「あの!」と声がした。
自分が呼ばれたのか定かではなかったが振り向くと、横兵庫の形の髪を少々乱した、遊女らしき女性が立っている。
「九重さん、ですか?」
頬や着物がすすで汚れた彼女に苗字を当てられ、時雨は眉をひそめる。
「君は……」
「睡の友人の四片です。あの子の名前を呼んでいるのが聞こえたので、もしかしたらと」
目を見張る時雨に、四片は深刻そうな面持ちで告げる。
「火事があったとき、私は睡と一緒にいました」
予想が当たり、時雨は焦燥を抑えきれずつい四片の肩を掴んだ。
「睡は!?」
「それが……一緒に廓から逃げ出したあと、少し目を離した隙にひとりでどこかへ行ってしまったんです。足に怪我をしているのに」