純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
「……〝時雨〟だ」
しばらくしてそんな言葉が聞こえてきて、睡は俯いていた顔を上げる。
「九重時雨。名前で呼んでくれていい。様なんてつけられるような大層な人間じゃない」
「時雨、さん?」
素っ気なく放った九重に、睡は今初めて知った名前を呼んでみた。彼は小さく頷き、綺麗に整頓されている部屋を見回す。
「しばらくはこの客室を使ってくれ。峯村社長については対応を考える」
睡は目を見開いた。父親のもとへ連れて行く件は、ひとまず保留にしてもらえたようだ。
胸を撫で下ろす睡に、九重は真剣な眼差しを向ける。
「それと、絶対に死のうなどとは考えるな。自ら命を絶つなんて、冗談でも言うなよ」
厳しさの中に心配の色を含んだ声を投げかけられ、睡は背筋を伸ばす。
死ぬなどと軽々しく口にしてはいけなかった。玉響の一件で、睡自身もつらい思いをしたというのに。反省も込めて「はい」としっかり返事をした。
納得した様子の時雨は、「帯を直してゆっくりしていろ」と言ってドアのほうへ向かう。その背中に、睡は感謝を込めて深く頭を下げた。