この恋が手遅れになる前に
「涼平くん行ける?」
私たちに近づいて声をかけてきたのは涼平くんと同期の新入社員の加藤桃花だ。加藤さんは愛嬌のある可愛らしい容姿の小柄な女の子で、花を扱ううちの会社にはぴったりの人材だ。
そういえば加藤さんは入社したころから涼平くんを下の名前で呼んでたな。
「僕は行けるよ。加藤さん名刺入れ持った? この間みたく忘れないようにね」
「大丈夫! 念のためもう一度確認する……ん?」
加藤さんは涼平くんの横でソワソワし始めた。
「あれー?」
悪い子ではないけれど、加藤さんはどこか抜けている。そんなとこが可愛いなんて言う男性社員がいるのも事実だけれど。
「まだ時間に余裕があるから、ゆっくり持ち物確認してきなね。僕は待ってるから」
涼平くんは加藤さんに穏やかな顔を向けた。それを見て加藤さんは顔を赤くして自分のデスクに戻っていった。
昨夜は途中から「僕」ではなく「俺」と自分の呼び方を変えて本性を出していたのに、会社では爽やかな好青年を演じるなんて策士だ。ベッドの中での彼は二十代前半とは思えない色気を纏った顔を見せていたくせに。
「奏美さん」
涼平くんが屈んで耳元で私の名を呼んだ。
「妬いてます?」
「はい?」
「じっと俺のこと見てるんで」
「違うよ。加藤さんと話すだけで私が嫉妬するわけないじゃん」
「そうですか」
涼平くんは苦笑した。
未だに関係を持ったことを後悔している私は嫉妬するほど涼平くんを想えない。私に向けられる好意に戸惑うくらいなのだ。
「会社では下の名前で呼ばないで」
「わかりました。また二人だけの時にたくさん呼びますね」
涼平くんは甘く囁いて私から離れて加藤さんと共にフロアを出て行った。