呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが?
シンシアはこれまでルーカスがベドウィル伯爵家の三男であることは教えて貰っていたが、どういう理由で修道院に入ったのか一度も聞いたことがなかった。
てっきり、ティルナ語の才能を見込まれて修道院に入ったのだと思っていたが、実際は家族から虐げられて育ったようだ。
ルーカスの実家での扱いを想像すると胸が痛くなる。
「そんな俺に手を差し伸べてくださったのがヨハル様だ。何もない俺に一から精霊魔法を教えてくれて、護衛騎士に剣を教えるよう頼んでくれた。どこにも居場所のなかった俺を受け入れて愛情を注いでくれた。幸せだった。……でもある日、聖女とかいう魔女が来た」
ルーカスの瞳に憎悪と嫉妬を綯い交ぜにした炎が宿る。
「聖女という肩書きだけでいつだってあんたは皆の注目をかっ攫っていく。史上最年少で詩人になっても誰も俺を見てくれない。気づいた頃にはヨハル様もあんたにつきっきりで、俺には見向きもしなくなった」
「違う。聖女という肩書きだけで誰も私自身のことに興味ないわ。ヨハル様が私につきっきりだったのは、私がちっとも主流魔法を使いこなせないからよ。心配して特訓してくださったの。それにヨハル様は皆に、平等に愛情をもって接してくださってるわ」
聖女だからヨハルから特別な扱いを受けたかと尋ねられれば、もちろん否と答える。
必死に誤解を解こうと試みるがルーカスに自分の言葉は届かない。
「俺を惨めな気分にさせて楽しかった? その綺麗な顔の下はどす黒いんだろうな」
無理矢理顎を掴まれ、ルーカスの人差し指と中指が爪を立ててシンシアの頬に鋭く食い込む。そのまま下へと移動すると痛みが走った。
シンシアの頬にうっすらと血が滲む。表情を歪めていると、布を口の中に押し込まれた。精霊魔法を使わせないための措置のようだ。